不戦親父さんへ
投稿者: Am_I_AHO_1st 投稿日時: 2007/10/10 19:50 投稿番号: [15919 / 18519]
>実際には、獨島=于山島という主張は、終戦前後にならないと確認できないわけです。
対日講和条約以降の話ではないでしょうか。
そのことは今回の主要な問題ではありません。
話を少し戻しますと、統監府の言論統制下にあった国内で、一体どれほどの報道があったのかとするご意見も、まあそのとおりでしょう。実際には大韓毎日申報ただ一紙のみが外国資本であったこともあり、検閲を免れたのではないでしょうか。
ただし、言論統制下にあるマスコミがただの一紙でも報道したことの意味合いとしては、北韓やミャンマーのそれを想起するまでもなく、当時としても決して過小評価できる事柄とも思えませんが、これもまた決定的に重要なことではありません。
先の投稿の冒頭でも触れたように、第一の当事者であるところの郡庁が、独島を自らの管轄下と認識していた事実こそが重要ではないでしょうか。
そして、実質的に韓国を支配下に置いていた日本政府、すなわち統監府は韓国の中央政府をして、事態を沈静化させる決定をさせていたことも見過ごすことのできない事実ではありませんか。
つまりは、日本政府が竹島を島根県に編入しようと図った同時代の出来事として、次のような事実が観察されると云うことです。
1.すでに韓国政府の当事者(欝島郡庁)は、独島を郡の管轄下にあると認識していたこと。
2.日本の監理監督下にあった韓国の中央政府が、島根県が竹島を編入した事実はないと明言したこと。
数年前にも指摘させていただきましたが、少なくとも日本政府は上記を黙認しているわけですから、独立直後の韓国人にとっては、日本が竹島を領土とした事実はないと考えて当然だったろうと思いますね。
これは メッセージ 15917 (husenoyaji さん)への返信です.
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