竹島

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Re: 舩杉氏への批判?1

投稿者: henchin_pokoider01 投稿日時: 2007/07/10 12:14 投稿番号: [15653 / 18519]
>「公的な活動・認可」というものの例が、どれほどに正確にあげられるか

公的な活動・認可及び領有意志の断絶に関する判例として以下があります。

東グリーンランドの判例では、グリーンランド人が殺人を行った場合、ノルウェー国王に罰金を払う約束があったとするS・トルダーソンの記録が管轄権行使の証拠として認められています。ただ、S・トルダーソンなる人物の正体は判例には書かれておらず不明です。他の判例では、北ボルネオ会社の海亀卵の採取許可や東インド会社に生産物を売った金で税金を払った記録が証拠として採用されてます。
また、グリーンランドでは植民地が消滅してことによって実効支配や領有の意志表示が2世紀ほど断絶するのですが、国王の明確な放棄の意志を示す証拠がないことを論拠に「植民地の消滅後始めの2世紀ほどの間、グリーンランドとの交通は何もなかったようであり、そしてそれに関する知識も減っていった。しかし、国王の見地の伝統は存続し、17世紀初期に関心が復活した。」としてます。パルマス島の判例では、1700年に東インド会社の地方総督が当該島を視察し宗主権の行使が認められているのですが、そのことをすっかり忘れて1895年に当時の総督が「自分が当該島を訪れた最初の植民庁官吏」と言ってしまっているのですが、委棄されていたとは認定されてません。


しかし、池内の論理は惨いな〜。
「公儀御目見と、そこに形成された幕閣とのつながりを誇る由緒が競合者を排除する役割を補完した」と公儀御目見の実施と実効を認めながら、「仲介者(阿部)が継続の努力を払って初めて維持されるものであった。とすれば、幕府と大谷・村川両家との関係は必ずしも公的・継続的なものではなく、代々の阿部四郎五郎による仲介の努力によって維持された私的・不定期なものであった」としてます。彼は、政治家へのロビーや陳情を反映した立法や行政の行為を「私」としてしまうつもりなのだろうか?角栄道路なんか「私」の権化といったところか。重要なのは寺社奉行も承認の上、公儀御目見が実施されたことであり、これを「公」と言わず何を「公」というのだろう。「不定期」で何を主張したいんだろうか?不定期だったら「私」なのか?彼の主張がさっぱりわかりません。
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