外一島はどこでもない
投稿者: take_8591 投稿日時: 2007/01/28 20:56 投稿番号: [15351 / 18519]
「外一島=マノ島=現chukdo説」があります。
これに対し、「マノ島」を「外一島」に言い換える必然性がない。という批判があります。
同時に、磯竹島略図にマノ島が描かれており、伺い書本文の地理認識と一致する。本文の「100里程離れている」とも一致する。また、鬱稜島の極めて近傍にある小島であり文書としての記録が存在しないことから、島根県の添付文書に記載がないことや「外一島」とする扱いの低さも納得できる。との賛同もあります。
この矛盾を解消するために次の論理を立てました。どの様に考えられますか
?
「外一島」の必要性が存在するとすれば、それは「島根県からの伺い書」に見つけることができます。そこには「今回、全島を実検のうえ、詳細をそえて記載すべきところですが、もとより本県の管轄に確定したものでもなく、また、北海百余里を隔て船路もはっきりせず、ふつうの帆船ではよく往復できないので、上記の大谷、村川家の伝記など詳細を追って申し上げます。(半月城氏訳)」と記されています。即ち、「追って申し上げる」という将来の不確定要素を考慮の上「外一島」の文言を付加したと考えるのが妥当ではないでしょうか。
これは メッセージ 15350 (henchin_pokoider01 さん)への返信です.
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