竹島

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此州ー隠岐は本邦北西の果てか

投稿者: torezojp 投稿日時: 2005/06/27 23:41 投稿番号: [10031 / 18519]
【引用開始】
  其沖に松島あり、上に松生て樹聞に荒園あり、長事二町ばかり、昔好事者此州に雉の無事を愁て、試に雲州より雌雄を渡して此に放つ、一年を経て終に亡と云(『続々群書類従』第九、四六五頁下段)

「此州」の「此(この)』に対応すべき適当な固有名詞が存在しない。仮に「州」は「島」の意だとして、直近の「松島」が「此州」に該当するとしてみよう。「昔好事者し以下は、「昔ある好事家が、松島に雉がいないことを残念に思って、こころみに出雲国から雌雄の雉をつれてきて松島に放したところ、(繁殖に失敗し)一年後にはいなくなった」となる。しかしながら、島後周吉郡蛸木浦沖合いの松島に雄がいないからといって、隠岐国内の他所から連れてくるのではなく、わざわざ出雲国から雄を連れてくる、とする記述はいささか不自然な話である。「此州一にいないから「雲州(出雲国〉」より連れてきた、とする語の釣り合いからすれば、やはりここは「隠州(隠岐国ごとするのが妥当だろう。「松島』が「此州」に該当するわけではない。この「州」は「島」の意とはならない。

財団法人韓国文化研究振興財団-青丘学術論集2005年3
月「前近代竹島の歴史学的 研究序説」−「隠州視聴合記』
の解釈をめぐって」池内敏(P152)
【引用終わり】

【torezojp】:
この「州」は「島」の意となるとすればなどと、時には発想を変えてみることも必要でなかろうか。

隠州在北海中故云隠岐島、従是、南至雲州美穂関三十五里、辰巳至泊州赤碕浦四十里、未申至石州温泉津五十八里、自子至卯、無可往地、戍亥間行二日一夜有松島、又一日程有竹島、俗言磯竹島多竹魚海鹿、此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠州、然則日本之乾地、以此州為限矣

そうすれば、しからば即ち日本の北西の地はこの嶋を持って限りとする。竹島(鬱領)が日本の最北西の地となるがこの地は朝鮮の持。しからば、大谷、村川両家の竹島経営の際漂着して発見した松島(現・竹島)が日本の最北西の地で良いのではないか。

韓国側は日本の文献を買って読みして、存在も二〇世紀にはいるまで知らなかった松島(現・竹島)を史料文献学的に歪曲、捏造、曲解してまで手に入れようと、国家ぐるみで詐欺師の真似までせずに済むのでないだろうか。曲学阿世の謗りを後年受ける危険まで冒して詐欺師の真似までするのは学者のすることではないと思いたいのだが。

史料文献学の対象が日本にしかないと云うことが、何よりそのことを物語っているのでないか。松島(現・竹島)が自国の領土であるのなら、その歴史的事実の証明を自国の史料文献から証明できないなんてあり得ないのでないか。
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