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ソウルには「ストーリー」がない

投稿者: jgeilsbandfreak 投稿日時: 2011/02/20 16:26 投稿番号: [112 / 696]
記事入力 : 2011/02/20 09:04:32
【コラム】ソウルには「ストーリー」がない

  日本の小説家・森見登美彦氏は昨年、京都府が1982年に創設した「京都府文化賞」を受賞した。京都府は同氏の授賞理由について「多くの作品で、京都を舞台に身の回りの何げない日常から、主人公の幻想的な冒険を描いた」と説明した。つまり「小説を通して京都を宣伝してくれた」というわけだ。
  京都は日本人にとって、良くいえば天皇家の伝統が感じられる由緒ある古都であり、要するに、すえた匂いが漂う古い都市だ。森見氏は『夜は短し歩けよ乙女』『宵山万華鏡』などの作品で、古びたイメージの染み付いた京都を、幻想と現実が共存する独特の文化空間に生まれ変わらせ、京都の付加価値をいっそう高めた。
  米国では、小説家ポール・オースターが森見氏と同様の作業に取り組んでいる。ニューヨーク在住30年のオースター氏が手掛ける小説の舞台は、ほとんどがニューヨークだ。世界経済の中心地で、国連が本部を置く世界政治の首都でもあり、ニューヨーク近代美術館(MoMA)という美術の花まで併せ持つこの大都市は、オースター氏の小説のおかげで、現代人の熱望と挫折、孤独と絶望が見え隠れする人間ドラマの現場として生まれ変わった。
  森見氏とオースター氏の小説を読みながら、韓国小説に登場するソウルを思い浮かべると、複雑な心境になる。小説空間まで文化商品として世界に発表する海外の作家とは異なり、韓国文学にはそうした戦略的文化マインドが見当たらないという焦燥感からだ。森見氏は小説で京都の昼と夜を対照的に描き、京都の夜を、昼には見られない幻想が広がる空間と表現した。一方のオースター氏は、ニューヨークに「偶然が支配する大都市」というテーマを付与している。場所というものが人物の付随的要素として処理される韓国文学の風景とは、全く異なる描き方だ。
  さらに深刻なのは、われわれが韓国の都市を戦略的にアピールする考えを持たずにいる間に、海外の作家たちがソウルのイメージをつくり上げているという事実だ。昨年、東京で出会った小説家・吉田修一氏は、日本を離れ、ソウルや上海などアジア各国の大都市が登場する小説集『キャンセルされた街の案内』を発表した。この作品集に収録された短編『零下五度』では、ソウルを「美しく冷たい都市」と表現している。「透明な氷の美しさ。遠くに見える山々までも凍り付いた、明るく冷たい風景。生まれて初めて、私は寒さを美しいと感じた」
  ソウルという都市の性格までも日本の小説家に規定され、日本の「窓」を通じてソウルが紹介されるという現実を、どのように受け入れるべきか。呉世勲(オ・セフン)ソウル市長は昨年の主要20カ国・地域(G20)首脳会議の際、来韓した海外メディアの記者らに対し「ソウルの都市競争力を、14年までに世界第5位圏に引き上げる」と述べた。
  都市の競争力に必要なのは、博物館や遺跡、高くそびえ立つビルのようなハードウエアだけではない。ソウルにストーリーを付与すれば、世界の大都市の中で、ソウルの競争力は多少高まるだろう。まずは作家らの努力が必要だろうが、都市の名を掲げて叙事文学の創作を奨励する「京都府文化賞」のような仕組みづくりも必要と思われる。

金泰勲(キム・テフン)国際部次長待遇
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

そんで

平昌は娯楽に乏しい

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=137595&servcode=600&sectcode=670
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