新宿中村屋
投稿者: j_ururu_xxx 投稿日時: 2004/05/25 23:49 投稿番号: [7760 / 43168]
>インド独立運動の志士であったラス・ビハリ・ボースが
>どのようにして新宿中村屋にたどり着き、
>日本初の純インド式カリーを誕生させることになったのか?
http://da.amuse.co.jp/tabemono/indo/indo2.html祖国の自由独立を目指し、若干15歳で独立運動に加わったボースは、
1912年、全インドの武装蜂起を策してイギリス人提督の暗殺を計るが失敗。
イギリス政府の厳しい追及を逃れ、
大正4(1915)年、日本に亡命する。
しかし日英同盟を結んでいた日本では重大な外交問題に発展。
強硬なイギリスの要求に屈した外務省は世論の反対にも耳を傾けず、
ボースに国外退去命令を下す。窮地に陥ったボース。
日本を追われればたちまち殺されてしまう。
ボース絶体絶命の時、その救済に一計を案じたのが、
彼を保護していたアジア解放運動の指導者・頭山満と、
かねてより頭山と知り合いだった相馬愛蔵だった。
誰が国際的革命家を、当時、一介のパン屋だった中村屋に匿うと思うだろう。
こうして闇にまぎれ頭山邸から中村屋へと身を隠したボースは、
危険を冒してまで匿ってくれた相馬夫妻をおとうさん、おかあさんと慕い、
愛蔵の長女・俊子と結婚した。
これは メッセージ 7755 (dylake2r5j1 さん)への返信です.
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