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横&トピずれ>家畜の餌>江戸の獣肉食

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2004/04/15 16:24 投稿番号: [6750 / 43168]
>明治以前、日本に豚はいたんですか?
>野生動物は薬餌で食べたとしても、食肉用に家畜として豚の需要があったか疑問に思って。

日本人が本格的に獣肉を食べなくなったのは、江戸時代に入ってからだと記憶します。
平安末期〜戦国期、武士層は結構獣肉食の習慣あったようですが。
ただ、豚はどうなんでしょう?案外仏教の「殺生戒」と神道の「穢れ」の融合で食べなかったのではないでしょうか...

因みに、江戸時代の獣肉食は...

江戸初期
「ぶた、いぬ、ひつじ、うし、すいぎゅう、いのしし、かのしし、うま、くま、ねこ、たぬき、きつね、むじな、おおかみ、うさぎ、やまおそ、かわおそ、おっとせい、ねずみ、さる」(『閲甫食物本草』寛文11年(1671)刊行)
ただ、「閲甫食物本草」は料理の本ではなく本草目の本ですから、
実際には日本初の本格的料理本、
『料理物語』(寛永20年、1663)に記された、
「鹿、狸、猪、菟、川うそ、熊、いぬ」くらいだったのでは。
(をぉ!日本人も「いぬ」!)


江戸中期
獣肉食が(表向き)廃れて来ますが...
それでも「薬喰い」として(ひそかに、かつ、盛んに)行なわれました。
薬喰いでは、主に猪や鹿が食されたようです。
世間にはばかって、猪肉を牡丹、鹿肉を紅葉と呼びました。
これはそれぞれ、「牡丹に唐獅子」「紅葉ふみ分け鳴く鹿の」から来ています。
また、猪肉は「山鯨」とも呼ばれました。

江戸後期〜末期
「明和、安永の頃は、猪鹿の類を喰ふ人稀也、下ざまのいやしき人も、ひそかに喰ひて、人にいはず、かたみに耻あへりき、天明、寛政の頃より、やゝよろしき人も、かつかつくふ事となりて、今は(弘化4年)、自慢としてほこれり」( 『神代余波(かみよのなごり)』中巻   弘化4年(1847))

江戸も後期になると、獣肉食いは滋養を得るための薬喰いにとどまらず、
下々の者達を中心に市民権を得るようになっていったようです。
さらに幕末に至って、西欧化の影響で獣肉食(さらには牛肉、豚肉食)が一挙に花開いたようです。
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