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どうなる?岡本>その後

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2004/04/06 13:03 投稿番号: [6333 / 43168]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040406-00000006-sph-spo

テコンドー岡本アテネ決定   「個人資格での特別派遣」

  岡本が救われた。日本オリンピック委員会(JOC)は5日の幹部会議で、テコンドーの国内統括団体分裂によりアテネ五輪への選手派遣が危ぶまれていたシドニー五輪銅メダリストの岡本依子(32)=ルネスかなざわ=を個人資格の“特例”で派遣することを決めた。これまでは個人派遣について「両団体の解散が必要」との認識だったが、竹田恒和会長が国際オリンピック委員会(IOC)の“後押し”も得た上で「解散しなくても派遣は可能」と判断。岡本の五輪連続メダルへの夢が開けた。

「両団体の解散必要」から一転
  何はともあれ、五輪への道は開かれた。JOC幹部会を終えた竹田会長は「両団体(全日本協会、日本連合)が統一できなかったのは遺憾」とした上で「あくまでもJOC独自の判断で、岡本選手を派遣する。個人資格での特別派遣で、救済措置だ」と明言した。

  方針転換で“障害”をすり抜けた。五輪憲章「エントリー」細則には「国内に競技団体がない場合、NOC(国内オリンピック委員会)は個人の資格で五輪のエントリーできる」との条項がある。JOCはこれまで「個人派遣させるには両団体の解散が必要」との認識を示していた。

  しかし、竹田会長が1日にカナダでIOCのフェリ五輪統括委員長と協議し、「JOCが承認していなければ競技団体として認められず、特例での派遣は可能」との見解を確認。幹部会でも対立した両団体を「存在しないもの」と見なし、この解釈をIOCへファクスで通知した。

  竹田会長は、政治的対立で参加が幻に終わった80年モスクワ五輪の馬術代表。「私にも五輪に出場できなかった経験がある。岡本さんが予選で勝ち取った出場枠(67キロ以上級)を生かして、何とか行かせてあげたい」自身のつらい思い出も岡本派遣へと働いた。

  まだ、IOCと世界テコンドー連盟の承認を得なければならない。だが、韓国で合宿中の岡本は奇跡的な“逆転劇”に、所属会社を通じて喜びのコメントを発表。「もし本当ならうれしい。たくさんの方からご支援いただき感謝している。気持ちを切り替えてアテネ五輪で金メダルを取れるように頑張ります」

  大阪・門真市の自宅には祝福電話が殺到。父・浩さん(62)は「国民的な広がりの中で皆さんに支持してもらった。首相や大臣まで『何とかしてくれないか』と言ってくれたほど。本当にうれしい」。岡本の涙の訴え、そして約10万人の熱意が、重い扉をこじ開けた。

  ◆岡本   依子(おかもと・よりこ)1971年9月6日、大阪・大東市生まれ。32歳。四天王寺中、高時代は空手を習う。90年に早大・人間科学部入学。92年に留学先の米国でテコンドーを始める。大学卒業後の97年に本場・韓国で2年間技を磨き、シドニー五輪67キロ級で銅メダル獲得。今年2月から67キロ以上級に階級アップ。ルネス金沢所属。170センチ、68キロ。家族は両親と妹2人。

  ◇五輪個人参加   五輪憲章は細則で、競技の国内団体が存在しない場合は国内オリンピック委員会(NOC)が選手を個人資格でエントリーできると定めている。今回のテコンドー問題では、統括団体分裂の状態にこの細則を適用する。ただし、国際オリンピック委員会(IOC)理事会と国際競技団体の承認を受けることが条件。日本がボイコットした1980年モスクワ五輪前には、一部で特例となる個人参加や個別参加を目指す動きがあったが実現しなかった。(スポーツ報知)


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とりあえず、よかったよかった!
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