つばささん
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2004/03/16 22:14 投稿番号: [5853 / 43168]
別カテではご丁寧なお返事を頂き、有り難うございました。
>日本名なぜ、朝鮮を併合したのか、なぜ満州を立国したのか、なぜ南方へ進出したのか?
野心の賜物では?
以下のキーワードで、(冗談抜きで)高校の世界史の教科書を読まれては如何でしょうか?
*帝国主義
*桂・タフト協定
*石井・ランシング協定
*ハル・ノート
欧米列強がアジア・アフリカに領土欲を持ったのと、日本が周辺地域に進出したのとは、意味がチョット、いや、かなり違いますね。(善悪の問題ではなく。)
日本の場合、アジアの周辺諸国は、ほとんど西洋列強に食い荒らされて、いつ日本もエサになるか分からなかった。
残酷な言い方ですが、西洋のエサになるよりは、攻勢防御で領土を拡張して防衛線を堅固にし、かつ産業を興し、欧米帝国主義の仲間入りをした方が、マシだったわけです。当時はですよ。
残酷ですが、その方がベターたったわけですね。強さこそが正義だった当時は。
この攻勢防御の考えは、幕末からありました。以下は参考までに。(ただし、長州についての記述が長すぎるかな。また、長井雅楽と橋本左内がゴッチャになってしまっているかも。)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834602&tid=badfffca4ha4n6a6c08a4r9ma4a8a4k0q0w2 q&sid=1834602&mid=9765
以下は、コピペ。
・・・・・・・・・・・・・・・
昭和26(1951)年5月3日。朝鮮戦争に於ける戦争方針でトルーマン大統領と対立し、GHQ最高司令官を解任されたマッカーサーが、米国上院軍事外交共同委員会の場で、朝鮮戦争に於いて彼が主張した支那海上封鎖戦略についての答弁の際、以下の様な「爆弾発言」をしたのです。曰く、
『問
では五番目の質問です。赤化支那(中共:共産中国)に対し海と空とから封鎖してしまへといふ貴官(マッカーサーの事)の提案は、アメリカが太平洋において日本に対する勝利を収めた際のそれと同じ戦略なのではありませんか。
答
その通りです。太平洋において我々は彼らを迂回しました。我々は包囲したのです。日本は八千万に近い膨大な人口を抱へ、それが四つの島にひしめいてゐるのだといふことを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口で、あとの半分が工業生産に従事してゐました。
潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの時点においてか、日本の労働者は、人間は怠けてゐる時よりも、働き、生産してゐる時の方がより幸福なのだといふこと、つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。
これほど巨大な労働力を持ってゐるといふことは、彼らには何か働くための材料が必要だといふことを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。
日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如してゐる。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであらうことを彼ら(日本政府・軍部)は恐れてゐました。したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです』
(小堀桂一郎編『東京裁判 日本の弁明』より)
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/jiei_sensou.html
>日本名なぜ、朝鮮を併合したのか、なぜ満州を立国したのか、なぜ南方へ進出したのか?
野心の賜物では?
以下のキーワードで、(冗談抜きで)高校の世界史の教科書を読まれては如何でしょうか?
*帝国主義
*桂・タフト協定
*石井・ランシング協定
*ハル・ノート
欧米列強がアジア・アフリカに領土欲を持ったのと、日本が周辺地域に進出したのとは、意味がチョット、いや、かなり違いますね。(善悪の問題ではなく。)
日本の場合、アジアの周辺諸国は、ほとんど西洋列強に食い荒らされて、いつ日本もエサになるか分からなかった。
残酷な言い方ですが、西洋のエサになるよりは、攻勢防御で領土を拡張して防衛線を堅固にし、かつ産業を興し、欧米帝国主義の仲間入りをした方が、マシだったわけです。当時はですよ。
残酷ですが、その方がベターたったわけですね。強さこそが正義だった当時は。
この攻勢防御の考えは、幕末からありました。以下は参考までに。(ただし、長州についての記述が長すぎるかな。また、長井雅楽と橋本左内がゴッチャになってしまっているかも。)
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1834602&tid=badfffca4ha4n6a6c08a4r9ma4a8a4k0q0w2 q&sid=1834602&mid=9765
以下は、コピペ。
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昭和26(1951)年5月3日。朝鮮戦争に於ける戦争方針でトルーマン大統領と対立し、GHQ最高司令官を解任されたマッカーサーが、米国上院軍事外交共同委員会の場で、朝鮮戦争に於いて彼が主張した支那海上封鎖戦略についての答弁の際、以下の様な「爆弾発言」をしたのです。曰く、
『問
では五番目の質問です。赤化支那(中共:共産中国)に対し海と空とから封鎖してしまへといふ貴官(マッカーサーの事)の提案は、アメリカが太平洋において日本に対する勝利を収めた際のそれと同じ戦略なのではありませんか。
答
その通りです。太平洋において我々は彼らを迂回しました。我々は包囲したのです。日本は八千万に近い膨大な人口を抱へ、それが四つの島にひしめいてゐるのだといふことを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人口で、あとの半分が工業生産に従事してゐました。
潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接したいづれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの時点においてか、日本の労働者は、人間は怠けてゐる時よりも、働き、生産してゐる時の方がより幸福なのだといふこと、つまり労働の尊厳と呼んでもよいやうなものを発見してゐたのです。
これほど巨大な労働力を持ってゐるといふことは、彼らには何か働くための材料が必要だといふことを意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有してゐました。しかし彼らは手を加へるべき原料を得ることができませんでした。
日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い、錫が無い、ゴムが無い。その他実に多くの原料が欠如してゐる。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在してゐたのです。
もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、一千万から一千二百万の失業者が発生するであらうことを彼ら(日本政府・軍部)は恐れてゐました。したがつて彼らが戦争に飛び込んでいつた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだつたのです』
(小堀桂一郎編『東京裁判 日本の弁明』より)
http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/jiei_sensou.html
これは メッセージ 5838 (yuukounotubasajp さん)への返信です.
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