>なぜ南方へ進出したのか?
投稿者: shinkuuboakagi00 投稿日時: 2004/03/16 18:50 投稿番号: [5849 / 43168]
何を持って南方進出とするかはむつかしいよ。
日本は明治のころから、(からゆさんも含めて)民間人はかなり多数、南方にわったっていったけどね。
第一次大戦後、ドイツの持っていた領土を委任統治領として日本が支配したのはたしかだけど。その正で、今も日本語をしゃべる人が南方の島々にたくさんいる。
民間人の南方進出を「進出」というなら、中国はその2,3百年前から「南方進出」をしていたことになる。
「ぼくの弟はスラバヤで生まれました。南方で生まれたので洋二と名をつけました。」(昭和10年
小学校4年生。シンガポール在住・南十字星誌)
おそらく、駐在員のこどもだろう。アメリカや中国にも日本人駐在員はたくさんいるから、東進、西進、南進はいまでもやっていることになる。
イギリスやオランダにじゃまされながら、マレーや、オランダ領東印度で結構資本投資をしたり、小商人が結構多数住んだりしてたけどね。これも南進かな。
戦後、インドネシアの独立軍には日本人の現地小商人(トコ・ジャパン)や民間人が、元兵士とともに結構参加したけどね。
明治、大正、昭和初期までの「南進」は、民間主導かな。軍部の南進は、中国とのかかわりが大きかったみたいだなあ。それと、アメリカの進出。これが昭和10年ころ。
具体的進出としては、昭和15年の北部仏印進駐、16年の南部仏印進駐が最初かな。
北部仏印進駐は、日華事変の局面打破、という面がつよかったが、南部進駐は、日本(の軍部)はこれで半分は対米戦を決意していたね。
だから、これも、野心ではあろうが、領土的野心ではない。
これは メッセージ 5838 (yuukounotubasajp さん)への返信です.
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