Re: 女性のための日韓議論場
投稿者: aki_kaze_u_ru_ru 投稿日時: 2010/05/01 00:38 投稿番号: [41733 / 43168]
>いったん北朝鮮に渡った人間を支援する必要があるのかと考える日本人がいることは理解できる。しかし、北朝鮮の今の体制を否定するのであればこそ、そこから逃れてきた者を受け入れ、支援してほしい」と語った。
同じ民族なんだから、韓国国内に住むので十分じゃない?
小子化なんだし、英語圏への移民も多いし、人口増えるのはOKでしょ。
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/100430/kor1004300000000-n2.htm
「北朝鮮の現実伝えたい」 脱北者10人が当事者団体結成 (1/2ページ)
2010.4.30 00:00
大阪市在住の脱北者、金俊広さん(58)が今年、脱北者自身がつくる団体としては国内初となる「在日脱北者人権連合」を、脱北者10人と立ち上げた。飢餓と当局の監視に苦しんだ北朝鮮から中国に逃れ、さらに厳寒の砂漠に張り巡らされた6本の鉄条網を越え、モンゴルに脱出した経験を持つ金さんは、「北朝鮮の弾圧や悲惨な生活苦の実態を訴え、国内外の脱北者の支援もしたい」と話している。
在日朝鮮人と日本人妻の間に生まれ、日本国籍を持つ金さんが家族で北朝鮮に渡ったのは約半世紀前の小学3年の時。しかし朝鮮総連などが「地上の楽園」と宣伝していた地で待っていたのは、密告制度が浸透した監視社会と、食糧難だった。
金さんの左手にはやけどの跡が残る。簡易ライターのガス交換で生活をしのいでいた1993年2月13日、漏れたガスに練炭の火が引火した際のものだ。生死を分けるような火事でも、まず気にしたのは北朝鮮ではどの家でも掲げている金日成、金正日親子の肖像画のことだったという。
肖像画は焼失を免れたものの、周囲にすすがつき「2月16日の金正日総書記の誕生日の直前に火事を出したうえに肖像画も汚し、(秘密警察にあたる)保衛部ににらまれるようになった」という。
細々とした商売さえ、妨害を受けて続けられなくなり、食うや食わずの生活苦に陥り、98年、中国への脱出を決行、国境を流れる豆満江を徒歩で渡った。「脱北の費用を作るため、家財道具だけでなく娘まで売る人もいた。ようやく逃れた中国でも、公安に見つかれば北朝鮮送りになる脱北者は足元をみられ、仕事をしても給料さえろくにもらえなかった」。
2002年1月、さらにモンゴル経由で韓国への脱出を図り、砂漠に張り巡らされた鉄条網を夜中に越えた。「集落ひとつない冬の砂漠で、モンゴルの警備隊に見つからなければ、間違いなく死んでいた」という。九死に一生を得て、祖母のいた日本に帰ったのは2年前だ。
日本国内の脱北者は現在180人程度とみられる。だが脱北の経緯や立場はさまざまで、北朝鮮に残る親族を心配し表立った活動を避ける人も少なくない。金さんも北朝鮮に家族を残しているが、「われわれが実態を知らせなければ、北朝鮮は変わらない」と、自らの体験を広く訴えることを決めた。今後は、国内外の脱北者の相互支援とともに、日本政府に対し難民として認めるよう要望活動も行っていきたいとしている。
匿名で産経新聞の取材に応じた団体の事務局長の男性(51)は「いったん北朝鮮に渡った人間を支援する必要があるのかと考える日本人がいることは理解できる。しかし、北朝鮮の今の体制を否定するのであればこそ、そこから逃れてきた者を受け入れ、支援してほしい」と語った。
同じ民族なんだから、韓国国内に住むので十分じゃない?
小子化なんだし、英語圏への移民も多いし、人口増えるのはOKでしょ。
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/100430/kor1004300000000-n2.htm
「北朝鮮の現実伝えたい」 脱北者10人が当事者団体結成 (1/2ページ)
2010.4.30 00:00
大阪市在住の脱北者、金俊広さん(58)が今年、脱北者自身がつくる団体としては国内初となる「在日脱北者人権連合」を、脱北者10人と立ち上げた。飢餓と当局の監視に苦しんだ北朝鮮から中国に逃れ、さらに厳寒の砂漠に張り巡らされた6本の鉄条網を越え、モンゴルに脱出した経験を持つ金さんは、「北朝鮮の弾圧や悲惨な生活苦の実態を訴え、国内外の脱北者の支援もしたい」と話している。
在日朝鮮人と日本人妻の間に生まれ、日本国籍を持つ金さんが家族で北朝鮮に渡ったのは約半世紀前の小学3年の時。しかし朝鮮総連などが「地上の楽園」と宣伝していた地で待っていたのは、密告制度が浸透した監視社会と、食糧難だった。
金さんの左手にはやけどの跡が残る。簡易ライターのガス交換で生活をしのいでいた1993年2月13日、漏れたガスに練炭の火が引火した際のものだ。生死を分けるような火事でも、まず気にしたのは北朝鮮ではどの家でも掲げている金日成、金正日親子の肖像画のことだったという。
肖像画は焼失を免れたものの、周囲にすすがつき「2月16日の金正日総書記の誕生日の直前に火事を出したうえに肖像画も汚し、(秘密警察にあたる)保衛部ににらまれるようになった」という。
細々とした商売さえ、妨害を受けて続けられなくなり、食うや食わずの生活苦に陥り、98年、中国への脱出を決行、国境を流れる豆満江を徒歩で渡った。「脱北の費用を作るため、家財道具だけでなく娘まで売る人もいた。ようやく逃れた中国でも、公安に見つかれば北朝鮮送りになる脱北者は足元をみられ、仕事をしても給料さえろくにもらえなかった」。
2002年1月、さらにモンゴル経由で韓国への脱出を図り、砂漠に張り巡らされた鉄条網を夜中に越えた。「集落ひとつない冬の砂漠で、モンゴルの警備隊に見つからなければ、間違いなく死んでいた」という。九死に一生を得て、祖母のいた日本に帰ったのは2年前だ。
日本国内の脱北者は現在180人程度とみられる。だが脱北の経緯や立場はさまざまで、北朝鮮に残る親族を心配し表立った活動を避ける人も少なくない。金さんも北朝鮮に家族を残しているが、「われわれが実態を知らせなければ、北朝鮮は変わらない」と、自らの体験を広く訴えることを決めた。今後は、国内外の脱北者の相互支援とともに、日本政府に対し難民として認めるよう要望活動も行っていきたいとしている。
匿名で産経新聞の取材に応じた団体の事務局長の男性(51)は「いったん北朝鮮に渡った人間を支援する必要があるのかと考える日本人がいることは理解できる。しかし、北朝鮮の今の体制を否定するのであればこそ、そこから逃れてきた者を受け入れ、支援してほしい」と語った。
これは メッセージ 1 (dylake2r5j1 さん)への返信です.
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