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【萬物相】ソウル市庁太平ホール

投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/08/30 23:16 投稿番号: [40583 / 43168]
  朝鮮総督府は1923年、現在の新世界百貨店の場所にあった京城府庁(ソウル市庁)が狭くなったことから移転することにした。現在のウェスティン朝鮮ホテルや商工会議所、プレスセンターを移転先候補地として議論した後、旧京城日報があった現在の場所に決定した。日本人らの商業地区だった武橋洞と近く、地形が「山」の字型をしていたというのがその理由だった。旧中央庁は、「日」の字型、ソウル市庁は「本」の字型で建てられたことから、日本侵略を象徴する代表的な建物として挙げられる。


  ソウル市庁は、当時総督府建築課長だった岩井の設計により25年に着工され、地下1階、地上3階の建物として26年に完成した。地形に合わせ、本館裏に3階建ての府協議会会議室が建てられ、中央玄関と連結していた。これは「本」字型の縦棒に該当する。今日の市議会に値する府協議会会議室は、外壁はレンガ造りで、内壁はペイントと石灰を吹き付け、照明がよく映えるようにした。


  会議室外壁の1階は本館と同じように花こう岩を用いた。2階と3階の外壁は砂を吹き付け、全体が石で作られたような雰囲気を漂わせた。韓国初の砂吹付工法で建てられた建物だ。解放後は大会議室と呼ばれ、2001年に当時の高建(コ・ゴン)市長が太平路にちなんで「太平ホール」と名付けた。最近まで1階は機械室、2階はソウル市広報館、3階は会議室として使われていた。


  太平ホールはこれまで、本館表側裏側5階の補助建物に遮られ、市民にはその存在すら知られていなかった。新庁舎建設が始まり、裏側の補助建物は取り壊されたが、再び工事のシートに隠れてしまった。そうしたある日、太平ホールは裏側半分ほどが取り壊されたままの状態で市民の前に姿を現した。その後、ソウル市が文化財庁の反対を押し切って太平ホールを取り壊し始めると、文化財庁は緊急会議を開いて史跡として仮指定し、工事中止命令を下した。


  文化財庁は03年、太平ホールを含む本館建物が史的建築史的価値が高いとのことから登録文化財に指定した。ソウル市は新庁舎着工に先立ち、太平ホールが古く、崩壊の危険性があることから、移転復元を主張した後、撤去に踏み切った。だが、文化財庁はこれを暴力的文化財破壊行為、いわゆる「バンダリズム」だとして騒ぎ立てている。しかし、表側本館の建物ならいざ知らず、隠れている会議室まで史跡として保護しなければならないのかという点については、首を傾げる市民が多いというのも事実だ。何かしらの「ソロモンの知恵」が待たれるところだ。

キム・ドンソプ論説委員

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/article/20080828000067
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