Re: 大茶碗様、アウト!!!☆☆
投稿者: hisatukai 投稿日時: 2007/10/02 11:34 投稿番号: [38672 / 43168]
明確な証拠のない事象を教科書に記載することは妥当ではないということ。
専門家は専門分野の究明に特化する余り、物事の総体的評価基準を持ち得ない。
彼らは総体的目線を世論に借りざるを得なくなる。
民主主義の根幹は、過半数意見による決定と少数意見の尊重である。
過半数意見に雷同することは簡単だが、その中で敢えて少数意見を吐くことは、何がしかの矜持を必要とする。
そして、それを支えるのが自らの作業に対する自尊の念であろうと思われる。
多数決と同等に少数意見の尊重に価値を置いているのも、少数意見の中に、逆に少数意見であるからこそ、そこに真実の姿をより多く読みとるのが先人の知恵なのではないのか。
少数者と専門家とは全く異なる概念である。
審議会に専門家が不要とは言わないが、逆の立場の専門家いくらでも招集可能であることから、真に必要なものは、時のムードに流されずに事象全体を総体的に理解できる少数ではあろうとも非専門家的頭脳であろう。
集団自決の軍の強制が揺らぐ発言が出てきた(遺族への年金給付目的で軍の強制を談合したケースもあったとの指摘)以上、教科書記述であることから従来と同様の記述を踏襲する訳には行かない筈だ。
現下の日本には言論の自由はいくらでもある。
軍の強制の有無については、教科書以外の媒体で発言すべきではないのか。
又、反対集会には生徒・学生も動員されている様だが、こうしたパフォーマンスには通常大いなる偽善が紛れているケースが多い。
真摯な訴えならこうした、大人の議論の場へ、子供を参加させることで純真さを演出することなど必要ないからだ。
戦時の極限時に軍の行き過ぎた命令がある程度あったことは大よそ察しがつく。
しかし、平時の感覚当時にまで遡及させ、集団虐殺的意味合いでこの問題を捉えるべきではなかろう。
今を生きる我々が当時と同じ状況に立ち至った時、全く同様の行為を取らないとは言い切れまい。
教科書から離れた場での論戦が相応しい事案であろうと思われる。
これは メッセージ 38665 (pirrates_of_nipponkai さん)への返信です.
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