日本人と肉食の話は
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2003/06/28 02:14 投稿番号: [378 / 43168]
以前一度話題になりました。
肉牛の歴史(いつごろから日本人は肉を食べていたか)
縄文時代の日本人は,たくさんの動物を食用としていました。なかでもイノシシやシカが多く食べられていました。弥生時代になると,狩猟中心から農耕中心に変わり,農作物が主要な食料となりました。牛や馬が大陸から入ってきたのはこのころのことです。これらは主として農耕用,運搬用に使われ,食用される機会はあまりありませんでした。
いつごろ,どのようにして日本に伝わったのか。
● 日本の歴史。大陸から伝わった文化
《6年生:社会科》
古墳時代以降になると,大陸から仏教が伝わりました。仏教には「殺すなかれ」という戒めがあり,いっさいの生き物を殺してはいけないとされました。こうして仏教が日本に入ってきて,たちまち日本中に広まると,日本人は魚は食べるが肉は食べなくなったのです。しかし,まったく食べないということではなくて,イノシシの肉はヤマクジラといって食べていました。そして,飛鳥時代から奈良時代にかけては肉食禁止令がしばしば出され,肉食の習慣が次第に弱まりました。その後,肉食禁止の風習は仏教を信じる民衆の増加とともに強まり,1725年の徳川綱吉の「生類憐みの令」によりその極に達しました。
ところが,牛の肉をこっそり食べている人がいたといわれています。それは江戸時代に将軍が,牛の肉を食べていたというのです。近江牛のことで,元禄のころ(5代綱吉),彦根藩主(井伊氏)から,年に1回将軍家と御三家に牛の肉を差し上げるというならわしができました。その近江牛の肉は,そのままではなく,味噌漬でした。生の肉だったら運ぶのに十日もかかるのでとても無理でした。しかし,綱吉の死後「生類憐みの令」が廃止になり,江戸時代も後半になると,欧米人との接触が多くなり,一部の蘭学者の間で牛の肉を食べることがはやり,慶応初年には屠畜場が公式に認められるに至りました。
明治以降になると文明開化の波に乗って肉食が盛んになりました。しかし,昭和20年代まではその消費量は欧米諸国に比べ著しく低く,食肉の消費が本格的に伸びたのは昭和30年代に入ってからです。
http://www.fureaibokujyo.jp/help/gakusyu-w7.htm
飛鳥時代の肉食禁止令も、仏教の影響のみというよりも、農耕に大事な牛を食ってはダメだという面もあったという説もあるみたいです。
それにくわえるに、神道の穢れの思想の影響もあったでしょう。
Taboos against eating meat were established by the 8th century when the fusion of Shinto and Buddhism beliefs concerning death was nominally complete. (Japan's Minorities-Burakumin, Korans, Ainu) (Minority Rights Grouo, London)
肉牛の歴史(いつごろから日本人は肉を食べていたか)
縄文時代の日本人は,たくさんの動物を食用としていました。なかでもイノシシやシカが多く食べられていました。弥生時代になると,狩猟中心から農耕中心に変わり,農作物が主要な食料となりました。牛や馬が大陸から入ってきたのはこのころのことです。これらは主として農耕用,運搬用に使われ,食用される機会はあまりありませんでした。
いつごろ,どのようにして日本に伝わったのか。
● 日本の歴史。大陸から伝わった文化
《6年生:社会科》
古墳時代以降になると,大陸から仏教が伝わりました。仏教には「殺すなかれ」という戒めがあり,いっさいの生き物を殺してはいけないとされました。こうして仏教が日本に入ってきて,たちまち日本中に広まると,日本人は魚は食べるが肉は食べなくなったのです。しかし,まったく食べないということではなくて,イノシシの肉はヤマクジラといって食べていました。そして,飛鳥時代から奈良時代にかけては肉食禁止令がしばしば出され,肉食の習慣が次第に弱まりました。その後,肉食禁止の風習は仏教を信じる民衆の増加とともに強まり,1725年の徳川綱吉の「生類憐みの令」によりその極に達しました。
ところが,牛の肉をこっそり食べている人がいたといわれています。それは江戸時代に将軍が,牛の肉を食べていたというのです。近江牛のことで,元禄のころ(5代綱吉),彦根藩主(井伊氏)から,年に1回将軍家と御三家に牛の肉を差し上げるというならわしができました。その近江牛の肉は,そのままではなく,味噌漬でした。生の肉だったら運ぶのに十日もかかるのでとても無理でした。しかし,綱吉の死後「生類憐みの令」が廃止になり,江戸時代も後半になると,欧米人との接触が多くなり,一部の蘭学者の間で牛の肉を食べることがはやり,慶応初年には屠畜場が公式に認められるに至りました。
明治以降になると文明開化の波に乗って肉食が盛んになりました。しかし,昭和20年代まではその消費量は欧米諸国に比べ著しく低く,食肉の消費が本格的に伸びたのは昭和30年代に入ってからです。
http://www.fureaibokujyo.jp/help/gakusyu-w7.htm
飛鳥時代の肉食禁止令も、仏教の影響のみというよりも、農耕に大事な牛を食ってはダメだという面もあったという説もあるみたいです。
それにくわえるに、神道の穢れの思想の影響もあったでしょう。
Taboos against eating meat were established by the 8th century when the fusion of Shinto and Buddhism beliefs concerning death was nominally complete. (Japan's Minorities-Burakumin, Korans, Ainu) (Minority Rights Grouo, London)
これは メッセージ 374 (honneiitaiyon さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/bdwc0ada4na4bfa4aa4nffc4z5doc0bel_1/378.html