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日韓歴史研究:第2期メンバー発表

投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2007/04/26 13:27 投稿番号: [37103 / 43168]
  日韓両政府は25日、両国の有識者による「第2期日韓歴史共同研究」のメンバーを発表した。座長は日本側が鳥海靖東大名誉教授、韓国側はチョ・グァン高麗大人文大学長。27日にソウルで初の座長会合を開き、今後の議題などを協議する。

毎日新聞   2007年4月25日   21時41分
ttp://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20070426k0000m010115000c.html



李舜臣将軍、壬乱の乱の戦闘で38勝5分け

(牙山=聨合ニュース)壬辰の乱(文禄の役)当時、李舜臣将軍の戦勝回数は38勝5分けで公
式戦勝記録より二倍以上多いという主張が出た。

海軍教育司令部付属忠武公リーダーシップセンター、チェ・チャンミョン教数は25日、韓
国プレスセンターで順天觶大李舜臣研究所主催で開かれる学術セミナーで発表する「壬辰
の乱三大大勝を通じて見た李舜臣戦略とリーダーシップ」という論文でこのように主張し
た。

これまで知られた李舜臣将軍の戦勝回数は文化財庁顕忠祠管理所の公式記録17勝と小説と
ドラマなどで言及された23戦23勝だ。チェ教授は壬辰の乱と李舜臣将軍関連文献を分析し
た結果「小説とドラマなどで主張された23戦23勝の根拠は希薄だ」「壬辰の乱の時の朝鮮
水軍の遂行した海戦は合計47回、李舜臣将軍が参戦した海戦は43回だった」と明らかにし
た。このなかで忠武公は38回を完璧に勝利したが、5回は戦果や被害が明らかではないと主
張した。

チェ教授はまた壬辰の乱の戦況に最大の影響を及ぼした海戦は、閑山島海戦、漆川梁海戦、
鳴梁海戦、露梁海戦を指折った。このなかで、閑山島海戦は戦争初期の精鋭勢力と取り組
んで南海上の海運国を掌握し、日本の水陸併進戦略を頓挫させた戦闘で、鳴梁海戦は敗残
戦線を収めて勝利し、日本軍の北進を挫折させることに決定的な寄与をし、露梁海戦は撤
兵をはかった日本軍に大勝をおさめることで、壬辰の乱の最後を勝利で飾ることはもちろ
ん、朝鮮水軍の位相を対外に大きくふるった意味ある海戦としてそれぞれ評価した。

敗戦と記録された漆川梁海戦は、丁酉の乱(慶長の役)始期の1597年7月16日行われた戦闘
で、敗戦以後南原城が陥落し、全羅道が占領される結果をもたらしたと分析した。彼は李
舜臣将軍の海戦勝利要因として戦線と武器体系の優秀性をあげた。近接前に有利な亀船を
先鋒に建てて朝鮮水軍の被害を減らし、日本の安宅船よりずっと大きくて丈夫な板屋船は
遠距離戦闘で戦果をあげた。

特に射程距離が1㎞もなる朝鮮水軍の大型火砲は日本軍の銃より射程距離が5倍以上で勝利
の大きな要因になったと指摘した。25日にはチェ教授の主題発表以外にもソン・ヒョクチ
ェ京畿大政治教育院長の「世界化時代と忠武公の複合リーダーシップ」、漢陽大アン・ジ
ンギュ博士の「忠武公李舜臣の勝利志向的リーダーシップがスポーツリーダーに与える意
味」などの主題発表がある。
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