日韓共同で歴史絵本を発行
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2007/04/25 14:22 投稿番号: [37092 / 43168]
=新日鉄・ポスコが無料頒布
新日本製鉄と韓国の鉄鋼最大手ポスコは23日、鉄作りが朝鮮半島から日本に伝わった歴史や文化交流を題材にした小中学生向け学習絵本を発行したと発表した。絵本は日本語と韓国語の併記で、発行部数は日本が初版5万部、韓国が1万部。いずれも希望者に無料で配布・郵送する。
両社は2000年から株式相互保有など戦略提携している。今回の学習絵本は、新日鉄が鉄作りをテーマにして6巻発行した学習絵本シリーズの特別版として共同編集した。
http://www.jiji.com/jc/c?g=ind_30&k=2007042300547
韓国を知ろう!
日本と韓国には長い交流の歴史があるよ。日本に定着している稲作や農耕、仏教、漢字などは、もともと朝鮮半島から伝えられたものなんだ。(日本と韓国の歴史年表)
●仏教の伝来
朝鮮半島から仏教が伝えられたのは538年。朝鮮半島からやってきた渡来人(とらいじん)が仏の教えだけでなく、屋根がわらや石組みの技術などの建築技術、絵の具や紙、墨(すみ)などの作り方を伝えたんだよ。
西アジアのペルシアのガラスやアクセサリーも渡来人が伝えたんだ。
●お茶が伝えられる
室町時代は、朝鮮半島との交流がとてもさかんな時代だよ。この時代に朝鮮半島から伝えられたお茶をもとに千利休が茶道を大成させたんだ。
茶わんや水墨画(すいぼくが)、高麗人参(こうらいにんじん)、はちみつ、麻(あさ)や木綿(もめん)なども伝えられたよ。
日本からは銀や銅、硫黄(いおう)、東南アジア産のこしょうなどの香辛料が日本を通って伝えられたんだ。
●友好をきずいた朝鮮通信使
室町時代の友好関係は、1592年の豊臣秀吉(とよとみひでよし)の朝鮮出兵でこわれてしまう。その後、徳川家康(とくがわいえやす)が朝鮮王朝との関係を修復し、200年の間に、12回にわたって朝鮮通信使が日本を訪れ、日本各地で交流がおこなわれたんだ。
500人にのぼる朝鮮通信使のなかには、学者、医者、画家、書家、音楽家、陶工などもいて、朝鮮半島の学問や文化・芸術が日本に伝えられたんだ。
韓国料理に欠かせないとうがらしは、朝鮮通信使がとうがらしのたねを日本から持ち帰ったことで朝鮮半島に広まったんだ。
貿易もさかんになったよ。日本への輸入品で最も人気があったのは、薬として大切にされた高麗人参。そのほか、絹織物、木綿、生糸、筆やすずりなども輸入していたよ。
日本からは、東南アジア産のニッキやこしょうが輸出されている。たばこ、かぼちゃ、さつまいもなどもこの時期に日本から朝鮮半島に伝えられたものなんだ。
長い間交流が続いた両国ですが、1910年(明治43年)に日本が韓国を併合(へいごう)し、植民地として支配したことが、両国の人々の気持ちを遠ざけてしまったんだ。
●深まる交流
1965年(昭和40年)に国交を回復してから、少しずつ交流がすすんできたよ。2002年(平成14年)には、ワールドカップサッカーをいっしょに成功させるなど、かってないほど交流が深まったんだ。日本と韓国の市町村同士が交流する姉妹都市も増えているよ。
http://www.kantei.go.jp/jp/kids/magazine/0501/5_4.html
新日本製鉄と韓国の鉄鋼最大手ポスコは23日、鉄作りが朝鮮半島から日本に伝わった歴史や文化交流を題材にした小中学生向け学習絵本を発行したと発表した。絵本は日本語と韓国語の併記で、発行部数は日本が初版5万部、韓国が1万部。いずれも希望者に無料で配布・郵送する。
両社は2000年から株式相互保有など戦略提携している。今回の学習絵本は、新日鉄が鉄作りをテーマにして6巻発行した学習絵本シリーズの特別版として共同編集した。
http://www.jiji.com/jc/c?g=ind_30&k=2007042300547
韓国を知ろう!
日本と韓国には長い交流の歴史があるよ。日本に定着している稲作や農耕、仏教、漢字などは、もともと朝鮮半島から伝えられたものなんだ。(日本と韓国の歴史年表)
●仏教の伝来
朝鮮半島から仏教が伝えられたのは538年。朝鮮半島からやってきた渡来人(とらいじん)が仏の教えだけでなく、屋根がわらや石組みの技術などの建築技術、絵の具や紙、墨(すみ)などの作り方を伝えたんだよ。
西アジアのペルシアのガラスやアクセサリーも渡来人が伝えたんだ。
●お茶が伝えられる
室町時代は、朝鮮半島との交流がとてもさかんな時代だよ。この時代に朝鮮半島から伝えられたお茶をもとに千利休が茶道を大成させたんだ。
茶わんや水墨画(すいぼくが)、高麗人参(こうらいにんじん)、はちみつ、麻(あさ)や木綿(もめん)なども伝えられたよ。
日本からは銀や銅、硫黄(いおう)、東南アジア産のこしょうなどの香辛料が日本を通って伝えられたんだ。
●友好をきずいた朝鮮通信使
室町時代の友好関係は、1592年の豊臣秀吉(とよとみひでよし)の朝鮮出兵でこわれてしまう。その後、徳川家康(とくがわいえやす)が朝鮮王朝との関係を修復し、200年の間に、12回にわたって朝鮮通信使が日本を訪れ、日本各地で交流がおこなわれたんだ。
500人にのぼる朝鮮通信使のなかには、学者、医者、画家、書家、音楽家、陶工などもいて、朝鮮半島の学問や文化・芸術が日本に伝えられたんだ。
韓国料理に欠かせないとうがらしは、朝鮮通信使がとうがらしのたねを日本から持ち帰ったことで朝鮮半島に広まったんだ。
貿易もさかんになったよ。日本への輸入品で最も人気があったのは、薬として大切にされた高麗人参。そのほか、絹織物、木綿、生糸、筆やすずりなども輸入していたよ。
日本からは、東南アジア産のニッキやこしょうが輸出されている。たばこ、かぼちゃ、さつまいもなどもこの時期に日本から朝鮮半島に伝えられたものなんだ。
長い間交流が続いた両国ですが、1910年(明治43年)に日本が韓国を併合(へいごう)し、植民地として支配したことが、両国の人々の気持ちを遠ざけてしまったんだ。
●深まる交流
1965年(昭和40年)に国交を回復してから、少しずつ交流がすすんできたよ。2002年(平成14年)には、ワールドカップサッカーをいっしょに成功させるなど、かってないほど交流が深まったんだ。日本と韓国の市町村同士が交流する姉妹都市も増えているよ。
http://www.kantei.go.jp/jp/kids/magazine/0501/5_4.html
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