イラク派遣自衛隊のみごとさ
投稿者: koshien21c 投稿日時: 2006/12/28 15:41 投稿番号: [35948 / 43168]
自衛隊が現地の人から感謝され、日本に戻らないでほしいと言われたのをしらないのですね。
正論】国学院大学教授・大原康男 イラク派遣自衛隊のみごとさ
≪非常に洗練された部隊≫
間もなく新聞各紙は恒例となっている今年の10大ニュースを発表する。国際面では北朝鮮のミサイル発射と核実験、米国中間選挙での共和党の敗北、国内面では41年ぶりの親王ご誕生、小泉内閣に代わる安倍新内閣の誕生がいずれの新聞でも当確であるのは間違いない。
その他については各紙で微妙な差が出るだろうが、2年半にわたった自衛隊によるイラクの人道復興支援業務が1人の犠牲者を出すこともなく成し遂げられ、本年7月29日、無事撤収に至ったことを10大ニュースの中に入れる社はどれぐらいあるだろうか。
法の不備から治安環境の悪い中で自らを守ることもままならず、宗教・慣習・民情など日本とは著しく異なり、夏場の平均気温が52度を超える灼熱(しゃくねつ)の地で、延べ5500人の陸上自衛隊が医療支援や給水、公共施設の復旧・整備に尽力し、多大の成果を収めたことは疑うべくもない。その筆舌に尽くし難い苦闘の軌跡は、1カ月ほど前に出版された産経新聞イラク取材班『イラク自衛隊の真実』に克明にリポートされている(そのほか、輸送業務などを担当した海・空自衛隊の連携・協力も見逃してはならない)。
自衛隊の活動に対する評価は、多国籍軍幕僚長であるJF・ウェーバー少将の「諸君たちは多国籍のなかでも非常によく洗練されて仕事をしている部隊として有名である」との賛辞が端的に示しているが、それは単に軍隊としてのハード面で優れているだけでなく、常にイラク人の目の高さで終始ことに従事してきた、いかにも日本人らしい気配りが彼らの心をつかんだのであろう。
≪黙々と遺言を書き綴る≫
驚いたことには、イラク人男女の三角関係まで仲裁した隊員がいたというが、こうしたひたむきな努力が前例のない「自衛隊帰らないでデモ」を生み出し、外国軍を驚愕(きょうがく)せしめたのである。大東亜戦争で蘭印(現インドネシア)に進攻した日本軍の兵士が、暇をみては現地人とともに水田に入って農作業を手伝ったという佳話を想起するのは私だけではあるまい。
かつて本欄において、私は今回の自衛隊派遣を軍紀と風紀の厳正さによって日本軍に対する評価を一挙に高めた明治33年の北清事変での派兵を念頭に置きながら、イラク戦争の是非には触れずに戦後初めての「危険を共有する国際協力」として捉(とら)え、「その士気の高さ、すぐれた技能と勤勉さ、堅い規律」を有する自衛隊への「世界の期待と注目」が集まっていることを指摘しておいたが、その期待は裏切られなかった。
もとより、イラクでの自衛隊の任務は北清事変の時とは違って戦闘を不可避としていたわけではない。その作戦自体は復興支援という「任務遂行」とともに「全員無事帰還」ということが暗黙裡にセットになっていた。
それでも派遣された自衛隊員の中にはひそかに遺影を撮り、遺骨箱を作って毛髪や爪を残し、あるいは黙々と遺言を書き綴(つづ)った者が少なくなかったといわれるし、留守を守った妻が陰膳(かげぜん)を欠かさなかったという秘話もあった。これまた往時の日本人を彷彿(ほうふつ)とさせるものがあるではないか。
しかしながら、自衛隊の本来の任務は外国からの武力攻撃に対して国民の生命・財産を守る「防衛出動」にあることはいうまでもない。そこには生命の危険もかえりみず「任務遂行」があるのみで、「全員無事帰還」などは消し飛んでしまう非情な現実がある。
≪「防衛出動」も想定内に≫
これまで多くの国民にとって「防衛出動」が行われるような事態はほとんど想定外のことであったが、度重なるミサイル発射と核実験によって反日国家・北朝鮮の軍事的脅威が現実のものとなった今日、志願制という建前があるとはいえ、このような重大な任務を自衛隊だけに任せたままにしていいのか、という思いがわき上がってくるのを禁じ得ない。
徴兵制とは異なるが、同じように国民皆兵の原理に立つ民兵制について、かの中江兆民が「これは数万の常備兵だけに戦死するの義務を委託するの制度に比べて、より平民的、平等的、道徳的の趣旨に近いものではないか」と喝破(かっぱ)したことを思い出す。
もちろん、そのような制度を導入することは非現実的である。しかし、せめて一人一人の国民が「国を守る」ということをわが身の問題として真摯(しんし)に受け止め、それぞれが応分の協力を行うという意識を共有することが今何よりも求められているのではなかろうか。(おおはら やすお)
(2006/12/25 05:08)
正論】国学院大学教授・大原康男 イラク派遣自衛隊のみごとさ
≪非常に洗練された部隊≫
間もなく新聞各紙は恒例となっている今年の10大ニュースを発表する。国際面では北朝鮮のミサイル発射と核実験、米国中間選挙での共和党の敗北、国内面では41年ぶりの親王ご誕生、小泉内閣に代わる安倍新内閣の誕生がいずれの新聞でも当確であるのは間違いない。
その他については各紙で微妙な差が出るだろうが、2年半にわたった自衛隊によるイラクの人道復興支援業務が1人の犠牲者を出すこともなく成し遂げられ、本年7月29日、無事撤収に至ったことを10大ニュースの中に入れる社はどれぐらいあるだろうか。
法の不備から治安環境の悪い中で自らを守ることもままならず、宗教・慣習・民情など日本とは著しく異なり、夏場の平均気温が52度を超える灼熱(しゃくねつ)の地で、延べ5500人の陸上自衛隊が医療支援や給水、公共施設の復旧・整備に尽力し、多大の成果を収めたことは疑うべくもない。その筆舌に尽くし難い苦闘の軌跡は、1カ月ほど前に出版された産経新聞イラク取材班『イラク自衛隊の真実』に克明にリポートされている(そのほか、輸送業務などを担当した海・空自衛隊の連携・協力も見逃してはならない)。
自衛隊の活動に対する評価は、多国籍軍幕僚長であるJF・ウェーバー少将の「諸君たちは多国籍のなかでも非常によく洗練されて仕事をしている部隊として有名である」との賛辞が端的に示しているが、それは単に軍隊としてのハード面で優れているだけでなく、常にイラク人の目の高さで終始ことに従事してきた、いかにも日本人らしい気配りが彼らの心をつかんだのであろう。
≪黙々と遺言を書き綴る≫
驚いたことには、イラク人男女の三角関係まで仲裁した隊員がいたというが、こうしたひたむきな努力が前例のない「自衛隊帰らないでデモ」を生み出し、外国軍を驚愕(きょうがく)せしめたのである。大東亜戦争で蘭印(現インドネシア)に進攻した日本軍の兵士が、暇をみては現地人とともに水田に入って農作業を手伝ったという佳話を想起するのは私だけではあるまい。
かつて本欄において、私は今回の自衛隊派遣を軍紀と風紀の厳正さによって日本軍に対する評価を一挙に高めた明治33年の北清事変での派兵を念頭に置きながら、イラク戦争の是非には触れずに戦後初めての「危険を共有する国際協力」として捉(とら)え、「その士気の高さ、すぐれた技能と勤勉さ、堅い規律」を有する自衛隊への「世界の期待と注目」が集まっていることを指摘しておいたが、その期待は裏切られなかった。
もとより、イラクでの自衛隊の任務は北清事変の時とは違って戦闘を不可避としていたわけではない。その作戦自体は復興支援という「任務遂行」とともに「全員無事帰還」ということが暗黙裡にセットになっていた。
それでも派遣された自衛隊員の中にはひそかに遺影を撮り、遺骨箱を作って毛髪や爪を残し、あるいは黙々と遺言を書き綴(つづ)った者が少なくなかったといわれるし、留守を守った妻が陰膳(かげぜん)を欠かさなかったという秘話もあった。これまた往時の日本人を彷彿(ほうふつ)とさせるものがあるではないか。
しかしながら、自衛隊の本来の任務は外国からの武力攻撃に対して国民の生命・財産を守る「防衛出動」にあることはいうまでもない。そこには生命の危険もかえりみず「任務遂行」があるのみで、「全員無事帰還」などは消し飛んでしまう非情な現実がある。
≪「防衛出動」も想定内に≫
これまで多くの国民にとって「防衛出動」が行われるような事態はほとんど想定外のことであったが、度重なるミサイル発射と核実験によって反日国家・北朝鮮の軍事的脅威が現実のものとなった今日、志願制という建前があるとはいえ、このような重大な任務を自衛隊だけに任せたままにしていいのか、という思いがわき上がってくるのを禁じ得ない。
徴兵制とは異なるが、同じように国民皆兵の原理に立つ民兵制について、かの中江兆民が「これは数万の常備兵だけに戦死するの義務を委託するの制度に比べて、より平民的、平等的、道徳的の趣旨に近いものではないか」と喝破(かっぱ)したことを思い出す。
もちろん、そのような制度を導入することは非現実的である。しかし、せめて一人一人の国民が「国を守る」ということをわが身の問題として真摯(しんし)に受け止め、それぞれが応分の協力を行うという意識を共有することが今何よりも求められているのではなかろうか。(おおはら やすお)
(2006/12/25 05:08)
これは メッセージ 35947 (koshien21c さん)への返信です.
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