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横田さん訪韓

投稿者: dylake2r5j1 投稿日時: 2006/05/16 12:35 投稿番号: [33772 / 43168]
横田さんへの花束は、日の丸をイメージしているようですね、崔さん・・・素直に好感持てます。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/05/16/20060516000017.html

横田滋さん、「韓国の娘」に会う

  崔祐英(チェ・ウヨン)拉致被害者家族協議会会長(36)は青いワンピースに青いリボン、青いイヤリングに紫色の靴を履いていた。15日、崔さんは大きなバラの花束を抱え、金浦空港の入国ゲートが開くたびに近くに駆け寄った。崔さんは「3月に日本でお会いしましたが、予定が詰まっていて、いつも時間に追われていました。早く会いたいのに、なぜこんなに時間がかかるのでしょう」と落ち着かない様子だった。

  崔さんが首を長くして待っている相手は、日本人拉致被害者である横田めぐみさんの父、横田滋さんだ。トンジン号の漁労長だった崔さんの父は、1987年に拉致された。北朝鮮の工作員によって娘を拉致された日本人の父親と、父を拉致された韓国人の娘には、約30分の入国手続きが長く感じられた。

  前の晩一睡もできなかったという崔さんは「“お父さん”や日本人の拉致被害者家族を歓迎するために、青い服を着ました。日本人拉致被害者を救うため、日本全国で繰り広げられている『青いリボン運動』に合わせたものなんです」と話した。

  午後3時、ついに滋さんの一行が現れると、崔さんは駆け寄って滋さんの手をしっかりと握った。韓日の被害者家族との短いインタビューの間も、二人は手を離さなかった。

  崔さんと滋さんの縁は1999年、崔さんが拉致問題を訴えるため、日本を訪問したときに始まった。

  「祐英に初めて会ったとき、娘のめぐみに会ったような気がしました。外見が似ているだけでなく、めぐみも北朝鮮で暮らしながら韓国語を覚えたはずですが、祐英も日本語が上手で、ちょうど私の娘と同じだと思ったのです。それから祐英を娘と呼び、祐英も私をお父さんと呼ぶようになりました。こうして健康に暮らしているのを見るたびに、とても嬉しく、めぐみもきっと元気にしているだろうと思うんです」

  この日、滋さんは崔さんに赤色のゴルフウェアをプレゼントした。「祐英は顔が白いから、日に焼けるのではないこと思って首まである上着を選びました。」

  崔さんも滋さんにオレンジ色のネクタイを送った。「お父さんは『青いリボン運動』のためにいつも青いネクタイしかつけないんです。それで今回は少し華やかな色のネクタイはどうかと思って、オレンジ色を選びました。」滋さんは、明日、めぐみの夫の実家を訪ねるときに、このネクタイをしていかないと。持ってきた服にも良く合うし、青いリボンにも良く合いそうだ」と満面の笑顔を浮かべた。.

  滋さんは16日の午後2時にソウル松坡区の漁業組合中央会の講堂で、めぐみさんの夫、金英南(キム・ヨンナム)さんの母の崔桂月(チェ・ゲウォル)さんと会う予定だ。滋さんの娘である横田めぐみさんは1978年、高校2年生の時に北朝鮮に拉致され、金英南さん(当時17歳)と結婚していたことが最近明らかになった。

  滋さんは「英南さんのお母さんに会うのは本当に楽しみです。めぐみも英南さんも同じ高校生の時に拉致されたので、あちらの家族が経験した悲しみや辛さはよくわかります。めぐみが幼い頃の写真を持ってきたので、お互いに子どもが幼かった頃の話をし、拉致問題の解決のために一緒に努力しようと話すつもりです」と話した。

朝鮮日報
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