朝鮮人とパラオ!橋は崩壊☆嫌チョン心情
投稿者: dokusaiwotatake 投稿日時: 2006/01/19 00:29 投稿番号: [32677 / 43168]
http://www.asyura2.com/0406/idletalk10/msg/583.html
たまたま通行車両の少ない時間帯だったのですが、1名死者も出てしまいました。
橋の内部には電線、水道、電話線が通されていたため、パラオのライフラインは分断され首都機能は麻痺。一時は国家非常事態宣言も出されました。この時、パラオと姉妹都市の三重県からはコンテナ空輸で飲料水が運ばれています。
パラオ政府は、すぐに橋を造った韓国の業者に賠償請求しようとしたのですが、この時すでにこの会社は解散していて、手がかりすらなかったそうです。これは一体どういうことなのでしょう?この建設会社は1994年にソウルで崩落した橋を施工した業者でもあったというのです。
ともかく途方に暮れるばかりのパラオ政府だったのですが、日本ではまず仮設橋の建設を援助し、日本のODA政府開発援助により約30億円の新たな橋を無償で架ける事になりました。施工にあたったのは因縁の鹿島建設です。工事中、現地の人達は「カシマ」という言葉を覚え、日本人を見掛けると「ありがとうカジマ」と声
をかける子供もいたそうです。
実に5年の年月をかけ、橋は完成しました。2002年1月11日、開通式典が開かれ、橋の新しい正式名称が発表されました。
その名も「Japan−Palau friendship bridge」
太平洋上を走るこの橋は、3000kmの距離を越えてパラオと日本に新たな時代の友情を結ぶ、「友好の橋」なのです
これは メッセージ 1 (dylake2r5j1 さん)への返信です.
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