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>出張でコロリと洗脳されて

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2003/10/04 21:40 投稿番号: [3076 / 43168]
いやはや、そのお方、おいたわしい…。

>あの戦争への道で非戦派だったと言う事が知人が一番彼への傾注している部分かも知れないです・・・。

まあ、よく日本でもさほど知られていない左翼学者だの「文化人」が、半島で「良識ある著名な日本人」として紹介されるように、勘違いした人々が恣意的に、我田引水にある人物を、「良識派」「平和主義者」と決め付けて勝手に祭り上げたりなんかしますしね。
また、誤解なきように再度申せば、井上成美(しげよし)大将は、私も人物としては大した方だったと思ってはいます。(海兵37期を179人中2番で卒業。)
また、兵学校校長時代に英語教育に重点を置き続けた事なども、評価は出来ますね。

>そんなわけで今回の出張でコロリと洗脳されて戻ってきたのには驚きました。

そういう人は、そういう「反省しる」的な言動を、相手に誘引してしまう「何らかの雰囲気」があるのだと思うのです。
その人が毅然として、淡々とビジネスの話だけをし、あるいは単に(歴史と無関係な)フレンドリーな振る舞いだけをしていれば、さすがの韓国人も、そういう馬鹿げた「反省しる」的な言動はしないはず(だと思うのですが、甘いかな)。

>井上成美は徳川慶喜的な部分がある人なのかしら?知能明晰で賢者であることは論を待たないけれど、イザと言う時にはその知恵が邪魔をして弱腰になる・・・?

う〜ん。慶喜の方が、やはり大物かも知れませんね。
慶喜は「熱しやすく冷めやすい」「飽きっぽい」事でも有名でしたが、やはり「どんなにこちらに正当性があろうとも、断じて天朝に弓をひいてはならぬ」と恭順に徹した事は、日本にとって幸せでした。
井上は…よく米内光政、山本五十六、井上成美を「海軍のハト派三羽鳥」と称しますが、この中で政略に傑出していたかなと思われるのは、辛うじて米内大将ぐらいで、それもやはり、明治海軍の山本権兵衛、東郷平八郎、秋山真之などに比べれば、やはり小者と言わざるを得ない気がします。
いろいろありますが、井上大将は当初から「敗北主義者」であったと思えて仕方ありません。ならば、最初から日米戦に反対しながらも、いざ戦争となれば、最初の神風特攻隊を編成した大西瀧治郎中将の方が、よほど武人らしかったと思えます。(大西中将はネコの首に鈴を付けただけです。特攻隊の創案者ではありません。率先して「責任者」という損な役回りを甘受しただけです。)

>昔ですが、20年にはなるでしょうけれど、私の主人がよく仕事で韓国へ行ってた頃は「反省しる」は定番ではなかったと主人は言います。

どうも、金泳三政権から顕著になったらしいですよね。
金氏は、それまでとは違う「文民政権」である事を前面に打ち出し(本来韓国では、武人は卑賤なものであり、文人こそが尊ばれるとされている)、そこで「ウリナラ半万年の〜」とか、「日本の○○はウリナラ起源」などという荒唐無稽な妄想が跋扈し始めました。まあ、シブだのイルも、その被害者ですな。(笑)
その反面、今でも町工場では日本語の用語がまかり通っていて、町工場のオッサンは、「そりゃそうさ。だって、こういうのは日本伝来だもんな」と平気なんだそうです。また、工事現場でも、「オヤジ(現場監督)」「シアゲ」などの日本語が使われているらしいです。
なあに、蓋を開ければその程度なんです。

>まあ、当時は主人は若造でペーペーだったので、向こうの方も「反省しるコース」には連れ歩かなかったのかも知れないですが・・・

いいえ、旦那さんが、そもそも相手に「反省しる」なんて戯言を言わせる雰囲気ではなかったとも、言い得ますよね。(つまり、正常な方でいらっしゃるわけですね。)
失礼を承知で申し上げれば、少なくとも、例のお知り合いの方は、相手に「反省しる」を言わしめる「誘引剤」を醸していたんでしょうね。(笑)
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