Re: これが、朝鮮末期の皇室(?)ニダ
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/10/27 09:48 投稿番号: [30603 / 43168]
>翁主
併合後の東亜日報とか、朝鮮日報の記事(当然、漢字・ハングル交じり文なので、非常に分かり易い)では、「徳恵翁主」と書かれているのを見た事があります。(日本の新聞では、「徳恵姫」=とくえひめ、と書かれていたはずで、当時の日本の華族や、学習院の同窓生からもそう呼ばれていたようです。)
徳恵翁主の母は、「梁貴人」、つまり「后」ではないので、「公主」という称号は無かった、と。
日本だと、母が「女御」や「准后(じゅごう)」でも、「親王」宣下や「内親王」宣下があれば、オケーイだったんですが。(もちろん、朝廷から幕府に「下問」しなくてはならない。)
余談ながら、純宗の母は、閔妃(明成皇后)ですな。しかし純宗には子は無く、その弟の垠が立太子。(実は垠の兄の、義親王こう[土+岡]がいたが、母の身分の問題で、弟の垠が、立太子した。)
義親王の息子で、キャバレー歌手になり、ちゃらちゃらと新聞に出てきて恥をさらすのが、李錫という人物ですな。
この「英親王」「義親王」という呼称も、純宗の妃である尹氏の「純貞考皇后」という称号も、清朝っぽいっすな。
彼らを新聞で現在「皇族」と呼ぶのは、まあいいんじゃないかな、と。一度は、「大韓帝国」の「皇室」になったのだし。(笑)
太祖も、その際に「太祖高皇帝」と追尊されましたが、そういうのは支那でも普通にありますしね。
ただ、日本の皇族は「皇」を僭称しているなどと言いながら、じゃあ日本のおかげで「皇」の字を使えたアンタらは、一体なんなんだ?となりますね。
支那さえ、「天皇」「皇宮(皇居)」と言いますからね。
これは メッセージ 30602 (ricky_eto さん)への返信です.
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