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Re: >梶原景時が悪者扱いなのは不当だ

投稿者: samurai_03_japanjp 投稿日時: 2005/10/13 00:42 投稿番号: [30368 / 43168]
>>国際連盟脱退時の外務大臣である松岡洋右は、満鉄総裁時代(国連脱退の3年程前)にユダヤ人2万の満州国入国に協力してますね。
>上海あたりの日本租界にも、けっこうな数のユダヤ人がいたんじゃなかったかな。

2万5000〜2万7000人のユダヤ人が、上海租界内で1945年8月15日を迎えています。

戦後、米国やイスラエルへ移住して行きました。

租界内のユダヤ人は、一応、居住区を日本軍が監視下に置く、という体裁を取っていましたが。
身分証明書を示せば、自由に出入りできるものでした。

1942年には、東京のドイツ大使館からRSHA(親衛隊国家保安本部)の
第Ⅵ局(ゲシュタポ・秘密治安警察)要員が3度にわたって上海を訪問。

在東京ドイツ大使経由でかなり抗議していますが、ユダヤ人の「租界内での自由」は
変わりませんでした。

そもそも、ユダヤ人問題に絡んだ日本の軍人・官吏で、その後左遷等にあった人物はいませんし。

樋口季一郎はその後、参謀本部第2部長へ栄転。
1945年8月15日時点では、第5方面軍司令官・北部軍管区司令官(中将)で、
対ソ戦を千島で展開して(最終的に北海道の)防衛に成功しています。

戦後、ソ連から「戦犯」指名された際には、N.Yに本部を置く「世界ユダヤ協会」が
米国防総省を通じて働きかけ、マッカーサー(GHQ)はソ連からの引き渡し要求を拒否・逆に擁護することを通告。

杉原千畝はその後、チェコスロヴァキアの在プラハ総領事館総領事代理、
ドイツの在ケーニヒスベルク総領事館総領事代理、
ルーマニアの在ブカレスト日本公使館一等通訳官などを歴任。
1944年には勲五等瑞宝章を受章。

杉原の外務省解雇は、昭和21年の「行政整理臨時職員令(昭和21年勅令第40号)」に基づく機構縮小によるリストラの一環。
当時杉原は47歳。
所謂「キャリア組」ではないので、現役定限年齢は50歳。

「定年」まであと3年を残すのみの「ノンキャリア」が、行政機構全般の
リストラ政策に引っかかっただけの話。
*杉原は「外務省官費留学生(語学・ロシア語)」⇒「外務省書記生として採用」
キャリアである「高等文官試験」「外交官試験」合格組ではないですので・・・
確か、奉任官五等だったかな?


他にも、ユダヤ人問題に関わった安江仙弘陸軍大佐、犬塚惟重海軍大佐・・・

まず、彼らの事がメディアに紹介される事はないでしょうね・・・
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