れ>○○の末裔もどき
投稿者: kuuboakagi00 投稿日時: 2005/08/07 00:53 投稿番号: [28388 / 43168]
>北畠親房の『神皇正統記』では、帰化系氏族が、自分らで勝手に皇室と姻戚関係にあるような家系図を作り出して、混乱するようになったので、朝廷が『新撰姓氏録』を編纂してそれを食い止めた、とあります。
嵯峨天皇の項かと思って以前一度読み直したんですが(岩波文庫)、該当箇所がなく、もう一度みなおしたら、応神天皇の項だったんですね。
異朝の一書の中に、日本は呉の太伯が後なりといふといへり。かへすがへすあたらぬ事なり。昔日本は三韓と同種なりと云ふ事の有りしが、彼の書を桓武の御代に焼き捨てられしなり。天地開けて後、素戔嗚尊韓の地に到り給ひきなど云ふ事あれば、かれらの國々も神の苗裔ならん事、あながち苦しみなきにや。それすら昔より用ゐざる事なり。天地神の御末なれば、なにしか代下れる呉の太伯が後にはあるべき。三韓震旦に通じてより以來、異國の人多くこの國に歸化しき。秦の末、漢の末、高麗、百濟の種、それならぬ蕃人の子孫も來りて、神皇の御末と混亂せしによりて、姓氏録と云ふ文をも作られき。それも人民にとりての事なるべし。異朝にも人の心まちまちなれば、異學の輩の云ひ出せる事か。
御漢書よりぞ此國のことをばあらあらしるせる、符合したることもあり、又心えぬこともあるにや。唐書には、日本の皇代記を神代より光孝の御代まであきらかにのせたり・・・
これは メッセージ 28381 (honkytonk_2002_x さん)への返信です.
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