ずられ〜〜
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/05/28 23:52 投稿番号: [26125 / 43168]
お待たせ致しました。
>そのあたりでしょうか・・・?
爆弾の名は、
「三式二十五番三十一号爆弾一型」(250キロ)
「三式八十番三十一号爆弾一型」(800キロ)
でした。
最初の使用例は、昭和19年11月2日、T攻撃部隊所属の762空K703飛行隊の一式陸攻10機でした。(指揮官: K703飛行隊長 江川廉平少佐 兵62)
木更津から硫黄島経由でサイパンと、テニアンを爆撃。(2機はエンジン不調で硫黄島に引き返した。)
次に、フィリピンのタクロバン爆撃でもこの爆弾が使用され、米軍側に、「光を発しながら落ちる爆弾」と記録されています。(部隊は、752空K702飛行隊 指揮官: 飛行隊長 仲斎治大尉 兵66)
その後、11月下旬に752空K704飛行隊がサイパン爆撃で使用し… (この時、陸軍飛行第百十戦隊のキ-67こと、四式重爆「飛龍」も参加していますが、同じ爆弾を使用したかは、手持ちの資料では分かりません。)
そしてワタシが最初に挙げたK501の銀河による、年末から新春にかけてのサイパン爆撃となります。(5機出撃し、飛行隊長森本秀雄少佐[兵63]と、下吉秀吉上飛曹[操練55]の銀河2機が、P-61夜戦に撃墜されました。)
出典: 『丸』平成14年5月号。神野正美『日本の秘密ハイテク兵器「光線爆弾」始末』より。
※ほぼ同じ内容が、以下の本でも出ていたかと思います。(うろ覚えですが。)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4769809808/qid=1117291872/sr=1-5/ref=sr_1_0_5/249-2813428-1077113次に
これは メッセージ 26112 (samurai_03_japanjp さん)への返信です.
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