根拠;
投稿者: ryoku_ryo_ryoku 投稿日時: 2005/04/29 22:16 投稿番号: [23840 / 43168]
まあ、ひとつ読んでみなさい。
(トピ主殿、このレス、在お願いトピからの流れですがこちらへ書き込みお許し願います。)
「日韓共鳴ニ千年史」 名越二荒之助 平成14年 明成社
日本統治時代に朝鮮語は抹殺され、日本語が強制されたと批判する声が強い。しかし実際は、そうすることを熱心に提唱した朝鮮人がいたのである。玄永燮(げんえいしょう、日本名天野道夫)は、自分の著書『朝鮮人の進むべき道』の中に「朝鮮語僕滅論」を書いている。その一節――
〈朝鮮人は、朝鮮語を忘れてしまわなければならない。朝鮮人が日本語でものを考えた時こそ、朝鮮人が最も幸福になった時である。…われわれは頭のてっぺんから足の爪先まで日本人なのである。…学校で朝鮮語を教える必要は毫(ごう)もない。朝鮮人を不幸にしようとするならば、朝鮮語を永続させて、朝鮮的な低級な文化を与え、それ以上の発展を阻止することである〉
彼は日本人になりきるために、朝鮮語を使ってはいけないというのである。彼としては、「日本人以上の日本人」になることが目標であったし、「完全に日本人化した朝鮮人から、宰相(首相)が生まれること」が、彼の願いであった。この著書の反響はよく、売れ行きも前記したように爆発的であった。出版した年の昭和十三年七月八日、南次郎総督は朝鮮人の民意を聞くため、面接を行なった。その時招かれたのは玄永燮ら七人だったが、彼は総督に対して次のようなことを提唱した。
「朝鮮人が完全な日本人になるためには、従来体験しない神道を通じ、また朝鮮語使用全廃を通じてでなければ、駄目だと思う」(毎日申報、昭和十三年七月九日)
それを聞いて南総督は面食らった。総督はこの提案を退け、次のように答えた。「朝鮮語を排斥することは、不可能なことだ。できるだけ国語(日本語)を普及するのはよいのだが、この国語普及運動が、まま朝鮮語廃止運動であるかのように誤解されることがあるが、これは正しくない」(毎日申報、昭和十三年七月九日)前年の昭和十二年一月十二日の『毎日申報』に「毎日コクゴ面」が新設され、一部に日本語が使われるようになっていた。そして十三年の四月から使われる中学校の教科書は、すべて日本語で書かれるようになった。しかし総督としては、朝鮮語を廃止するのではなくて、日本語普及を念願していることを強調したかったのであろう。
その後、昭和十四年の一月、純日本語雑誌『東洋之光』が創刊された。発行者は朴煕道(三・一独立運動で、独立宣言書に署名した三十三人のうちの一人)で、彼は皇道文化樹立の先頭に立っていた。『東洋之光』発刊の目的は、「内鮮一体の具現に対する日本精神昂揚の修養道場」にすることであった。創刊号の「巻頭言」の一節――
〈此際(このさい)、半島二千万同胞の心底に日本精神を昂揚し、陛下の赤子として、皇国日本の公民として例外なく国体の尊厳を体得し、皇国日本の大使命を遵奉し、皇道の宣布、国威の宣揚に精進し、以て東洋の平和は勿論、八紘一宇の大理想を開いて、世界人類文化の発達とその康寧福祉増進に貢献することを期せねばならないと信じます〉
一つの文章の中に「皇道」や「皇国」が三回も出てくる徹底ぶりであった。いずれにしても当時、朝鮮人の間から「内鮮一体」のスローガンと共に、朝鮮語全廃の声を挙げ、それを実践に移した者がいたことは確かである。
_________________
投稿者: yoppy7_77
>>日本がハングルを使用禁止にしたという話は、私は聞いた事がありません。もし事実なら根拠を教えてください。
>根拠はよく耳にすること、かな〜
あたしもよくわかんないけど
>ここは日本だから日本語使え
日本語で書け、ボカスカ。
って、あったんじゃないのかな
>十円五十銭て言えよオラ〜とか
いじゅみじゃなくていずみと言え
とかさ。
>>ハングルは朝鮮人自身が使用禁止にしていた
>そうなの?
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=badfffca4njfda4ka4aa4ja4a4a1aa&sid=1835396&mid=36089
(トピ主殿、このレス、在お願いトピからの流れですがこちらへ書き込みお許し願います。)
「日韓共鳴ニ千年史」 名越二荒之助 平成14年 明成社
日本統治時代に朝鮮語は抹殺され、日本語が強制されたと批判する声が強い。しかし実際は、そうすることを熱心に提唱した朝鮮人がいたのである。玄永燮(げんえいしょう、日本名天野道夫)は、自分の著書『朝鮮人の進むべき道』の中に「朝鮮語僕滅論」を書いている。その一節――
〈朝鮮人は、朝鮮語を忘れてしまわなければならない。朝鮮人が日本語でものを考えた時こそ、朝鮮人が最も幸福になった時である。…われわれは頭のてっぺんから足の爪先まで日本人なのである。…学校で朝鮮語を教える必要は毫(ごう)もない。朝鮮人を不幸にしようとするならば、朝鮮語を永続させて、朝鮮的な低級な文化を与え、それ以上の発展を阻止することである〉
彼は日本人になりきるために、朝鮮語を使ってはいけないというのである。彼としては、「日本人以上の日本人」になることが目標であったし、「完全に日本人化した朝鮮人から、宰相(首相)が生まれること」が、彼の願いであった。この著書の反響はよく、売れ行きも前記したように爆発的であった。出版した年の昭和十三年七月八日、南次郎総督は朝鮮人の民意を聞くため、面接を行なった。その時招かれたのは玄永燮ら七人だったが、彼は総督に対して次のようなことを提唱した。
「朝鮮人が完全な日本人になるためには、従来体験しない神道を通じ、また朝鮮語使用全廃を通じてでなければ、駄目だと思う」(毎日申報、昭和十三年七月九日)
それを聞いて南総督は面食らった。総督はこの提案を退け、次のように答えた。「朝鮮語を排斥することは、不可能なことだ。できるだけ国語(日本語)を普及するのはよいのだが、この国語普及運動が、まま朝鮮語廃止運動であるかのように誤解されることがあるが、これは正しくない」(毎日申報、昭和十三年七月九日)前年の昭和十二年一月十二日の『毎日申報』に「毎日コクゴ面」が新設され、一部に日本語が使われるようになっていた。そして十三年の四月から使われる中学校の教科書は、すべて日本語で書かれるようになった。しかし総督としては、朝鮮語を廃止するのではなくて、日本語普及を念願していることを強調したかったのであろう。
その後、昭和十四年の一月、純日本語雑誌『東洋之光』が創刊された。発行者は朴煕道(三・一独立運動で、独立宣言書に署名した三十三人のうちの一人)で、彼は皇道文化樹立の先頭に立っていた。『東洋之光』発刊の目的は、「内鮮一体の具現に対する日本精神昂揚の修養道場」にすることであった。創刊号の「巻頭言」の一節――
〈此際(このさい)、半島二千万同胞の心底に日本精神を昂揚し、陛下の赤子として、皇国日本の公民として例外なく国体の尊厳を体得し、皇国日本の大使命を遵奉し、皇道の宣布、国威の宣揚に精進し、以て東洋の平和は勿論、八紘一宇の大理想を開いて、世界人類文化の発達とその康寧福祉増進に貢献することを期せねばならないと信じます〉
一つの文章の中に「皇道」や「皇国」が三回も出てくる徹底ぶりであった。いずれにしても当時、朝鮮人の間から「内鮮一体」のスローガンと共に、朝鮮語全廃の声を挙げ、それを実践に移した者がいたことは確かである。
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投稿者: yoppy7_77
>>日本がハングルを使用禁止にしたという話は、私は聞いた事がありません。もし事実なら根拠を教えてください。
>根拠はよく耳にすること、かな〜
あたしもよくわかんないけど
>ここは日本だから日本語使え
日本語で書け、ボカスカ。
って、あったんじゃないのかな
>十円五十銭て言えよオラ〜とか
いじゅみじゃなくていずみと言え
とかさ。
>>ハングルは朝鮮人自身が使用禁止にしていた
>そうなの?
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=badfffca4njfda4ka4aa4ja4a4a1aa&sid=1835396&mid=36089
これは メッセージ 23823 (yoppy7_77 さん)への返信です.
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