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首切り役人と、与力

投稿者: samurai_03_japan 投稿日時: 2005/03/08 16:36 投稿番号: [20404 / 43168]
一般に「首切り役人」と言われていますが、こうした役職は正式には有りませんでした。

ただ、この役割を代行した一家がありましたが。
「幕府刀剣御用方」山田浅右衛門の一族です。
元々は、刀の切れ味の鋭鈍を吟味する「武芸」の一派で「据置堅物斬り」という剣術の一派が戦国中期から発生しました。
それが江戸期に入り、次第に統廃合され、中期には山田家がその宗家となりました。
(他に、山田流抜刀術も有り)
身分は「浪人」ですが(幕府のお抱えではない)将軍家や大名、旗本家の刀剣の切れ味を見る「試斬術」を確立させます。

この「試斬術」の一部として、刑死者の体を使って、どの部位を、どう切れば一番いいか、等の研究も行っておりました。
これが縁で、山田家は町奉行所から斬首刑の執行を依頼されるようになります。

ただし、代々の山田家当主は敬虔な仏教徒で、斬首刑にされた罪人の髷を切って、自分の菩提寺で厚く供養したとの事です。

それと、斬首刑執行の関りで、代々穢多頭とは実懇であったそうです。

「与力」は元々「寄騎」と書きました。
町奉行の部下として配属された、御家人(下級幕臣=将軍の家来の武士)です。
家禄高八十石。身分の割には、結構見入りの良い収入でした。

「岡引」は町人です。
正業を他に持っているか、女房に何か商売をさせていて、自分はパートタイム的、又は専従的に捜査に協力した、民間捜査官です。
元々、罪を犯した元犯罪者が多かったようです(蛇の道は蛇)
与力や同心が「十手親」となって「個人的に」雇う形でした(町奉行所の雇用ではない)
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