>5分前の5分前
投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/03/06 00:43 投稿番号: [20215 / 43168]
>「5分前」には出航の準備が全て整って、「5分後」には出港している、と言う事です。
つまり、「海」の世界の常識って事なのですね? なるほど!
余談ながら、海軍では陸上部隊でも「後発航期罪」があったのでしたっけ? 帰隊時刻に遅れるという事は、出航に遅れる事で、重罪だ、と。もっとも、それはタテマエで、航空隊とかではバレたら殴られてオシマイとかもあったようで。(で、飛行士〔飛行長補佐〕が飛行長からポカリ、とか。)
>ほほう、海兵78期生徒でいらっしゃったんですか。
「聖人クラス」ですね...
昭和20年の入校だと言っていましたから、78期でしょう。
>本当は「少尉候補生」は卒業してからで(准士官です)生徒のうちは「准士官の下、下士官の上」なんですよね。
恐らくですが、75期は10月1日付けで「卒業」し、「海軍少尉」に任官していますから、76、77、78期は戦後に「少尉候補生」に任官していたのかな、と。
あるいは、「候補生」と言った先生は誤りであり、実は「生徒」という呼称のままだったのかな?
74期は昭和20年7月に「少尉」に進級していますが…。
その先生、授業中はオチャラケばかりで、「田中角栄チャン!」とか、「帝国海軍は〜!」とか、横道それまくり。(笑)
もっとお話を聞いておけばよかったなあ。
まだご存命かな…。
海兵在校中、例のカッターで江田内を仲間とセールしていると、大型空母が停泊しているのを見つけ、仲間達と「バンザイ!」を連呼したとか言っていました。(天城か葛城か隼鷹か?)
>日本海軍のある意味「傲岸不遜」さは、この極端な「選民主義教育」に根があるのでしょうね。
陸軍は予科は二等兵、一等兵、上等兵、兵長、と半年毎に「昇進」させて、予科が終わった後の半年間、隊付として「伍長勤務上等兵」のち伍長として「最下級下士官勤務」させてから「軍曹」の階級で本科(各専門別)で教育させてましたね。
一般に、陸軍の野戦将校の方が海軍士官より下士官兵の扱いは上手だったそうです。
そうですね。海軍のイギリス譲りの選民意識は、明らかにおかしいですね。
陸軍は、メシも将校と下士官・兵が基本的に同じだったのは、正解だったと思います。「同じ釜のメシ」という意識を育むには、正しかった事でしょう。
かの辻正信氏が、ガダルに赴任する途中でトラック島の大和の山本長官を訪ねた時に、鯛の刺身と冷えたビールでもてなされた時に「ほう、海軍サンは豪勢ですなあ」と言ったのは、なかばはイヤミだったと思います。
副官は「長官が特にあなたのためにご用意されたのですよ」と言ったそうですが、実はフツーの食事だったそうで。
サイパン沖での「大鳳」でも、機動部隊司令部の昼食時に軍楽隊が演奏していたとか、どうも納得できない、ちまたとは乖離した話が海軍にあったことは、否めませんね。
つまり、「海」の世界の常識って事なのですね? なるほど!
余談ながら、海軍では陸上部隊でも「後発航期罪」があったのでしたっけ? 帰隊時刻に遅れるという事は、出航に遅れる事で、重罪だ、と。もっとも、それはタテマエで、航空隊とかではバレたら殴られてオシマイとかもあったようで。(で、飛行士〔飛行長補佐〕が飛行長からポカリ、とか。)
>ほほう、海兵78期生徒でいらっしゃったんですか。
「聖人クラス」ですね...
昭和20年の入校だと言っていましたから、78期でしょう。
>本当は「少尉候補生」は卒業してからで(准士官です)生徒のうちは「准士官の下、下士官の上」なんですよね。
恐らくですが、75期は10月1日付けで「卒業」し、「海軍少尉」に任官していますから、76、77、78期は戦後に「少尉候補生」に任官していたのかな、と。
あるいは、「候補生」と言った先生は誤りであり、実は「生徒」という呼称のままだったのかな?
74期は昭和20年7月に「少尉」に進級していますが…。
その先生、授業中はオチャラケばかりで、「田中角栄チャン!」とか、「帝国海軍は〜!」とか、横道それまくり。(笑)
もっとお話を聞いておけばよかったなあ。
まだご存命かな…。
海兵在校中、例のカッターで江田内を仲間とセールしていると、大型空母が停泊しているのを見つけ、仲間達と「バンザイ!」を連呼したとか言っていました。(天城か葛城か隼鷹か?)
>日本海軍のある意味「傲岸不遜」さは、この極端な「選民主義教育」に根があるのでしょうね。
陸軍は予科は二等兵、一等兵、上等兵、兵長、と半年毎に「昇進」させて、予科が終わった後の半年間、隊付として「伍長勤務上等兵」のち伍長として「最下級下士官勤務」させてから「軍曹」の階級で本科(各専門別)で教育させてましたね。
一般に、陸軍の野戦将校の方が海軍士官より下士官兵の扱いは上手だったそうです。
そうですね。海軍のイギリス譲りの選民意識は、明らかにおかしいですね。
陸軍は、メシも将校と下士官・兵が基本的に同じだったのは、正解だったと思います。「同じ釜のメシ」という意識を育むには、正しかった事でしょう。
かの辻正信氏が、ガダルに赴任する途中でトラック島の大和の山本長官を訪ねた時に、鯛の刺身と冷えたビールでもてなされた時に「ほう、海軍サンは豪勢ですなあ」と言ったのは、なかばはイヤミだったと思います。
副官は「長官が特にあなたのためにご用意されたのですよ」と言ったそうですが、実はフツーの食事だったそうで。
サイパン沖での「大鳳」でも、機動部隊司令部の昼食時に軍楽隊が演奏していたとか、どうも納得できない、ちまたとは乖離した話が海軍にあったことは、否めませんね。
これは メッセージ 20165 (samurai_03_japan さん)への返信です.
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