そういえば・・・
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/02/11 03:00 投稿番号: [737 / 7270]
ここ数日、日露戦争開戦100周年のニュース多いようですが、
日英同盟も開戦の2〜3年前に結ばれてたような・・
>英国の学者などから合法論が強く出され
当時の英国のことを思うと「強く」主張するでしょうね(笑)
(フランスの学者が参加したとしても英国と同意見かもしれませんが)
>朝鮮漫遊所
>勿論其の本質が悪るくては絶望であるけれども朝鮮人は決してそうではなく只だ多年の悪習慣の為め今日あるに至ったのであるから之れが善導誘掖は案外易々たるものであろうと思う(完)
イザベラバードも、朝鮮人全否定ではなかった様です。
「イザベラ・バード ロシア国境部のロシア側を旅行して 305−307頁」
「クラスノエセロとノヴォキエフスクの間にある村々は朝鮮系ロシア人定住地の典型といえた。道路はまずまず良く、水路の手入れも行き届いている。衛生上の規則が厳しく課され、村の衛生に関しては村長が責任を負っている。朝鮮半島の不潔で荒れた貧しい村々とは異なり、この定住地の家々は同じ朝鮮家屋でも立派である。木舞を使った土壁に漆喰を塗り、屋根は良い状態を保ち、敷地や農作業用の庭は漆喰壁の塀かきれいに葦を編んだ高い塀で囲ってあり、毎朝掃いているかの如くきれいで、農作業小屋は頑丈できちんと手入れされている。豚小屋からも警察署長の目の鋭さが察せられる。住居の多くは4間か5間、時には6間ある。部屋には壁紙を張り、天井があって、白い薄紙を張った格子戸と窓がある。床には上質のござが敷いてあり、朝鮮本国では高級官僚の家ですらめったに見られないような家具がふんだんにある。……
朝鮮にいたとき、私は朝鮮人というのはくずのような民族で、その状態は望みなしと考えていた。処が沿海州ではその考えを大いに修正しなければならなかった。自らを裕福な農民層に育て上げ、ロシア人警察官やロシア人入植者や軍人から、勤勉で品行方正だとすばらしい評価を受けている朝鮮人は、なにも例外的に勤勉家なのでも倹約家なのでもないのである。彼らは大半が飢饉から逃げ出してきた飢えた人々であった。そういった彼らの裕福さや品行の良さは、朝鮮本国においても真摯な行政と収入の保護さえあれば、人々は徐々にまっとうな人間となりうるのではないかという望みを私に抱かせる。」
↑「4人の外国人が見た韓国併合前の朝鮮 8、結び」(杉本幹夫)より
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/heigouji-chousen.html#top
>真摯な行政と収入があれば〜
総督府の行政ってかなり真摯だったのでは・・
↓既出かもしれませんが上記以外にも論文がたくさん載っているhpでした。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/index.html
日英同盟も開戦の2〜3年前に結ばれてたような・・
>英国の学者などから合法論が強く出され
当時の英国のことを思うと「強く」主張するでしょうね(笑)
(フランスの学者が参加したとしても英国と同意見かもしれませんが)
>朝鮮漫遊所
>勿論其の本質が悪るくては絶望であるけれども朝鮮人は決してそうではなく只だ多年の悪習慣の為め今日あるに至ったのであるから之れが善導誘掖は案外易々たるものであろうと思う(完)
イザベラバードも、朝鮮人全否定ではなかった様です。
「イザベラ・バード ロシア国境部のロシア側を旅行して 305−307頁」
「クラスノエセロとノヴォキエフスクの間にある村々は朝鮮系ロシア人定住地の典型といえた。道路はまずまず良く、水路の手入れも行き届いている。衛生上の規則が厳しく課され、村の衛生に関しては村長が責任を負っている。朝鮮半島の不潔で荒れた貧しい村々とは異なり、この定住地の家々は同じ朝鮮家屋でも立派である。木舞を使った土壁に漆喰を塗り、屋根は良い状態を保ち、敷地や農作業用の庭は漆喰壁の塀かきれいに葦を編んだ高い塀で囲ってあり、毎朝掃いているかの如くきれいで、農作業小屋は頑丈できちんと手入れされている。豚小屋からも警察署長の目の鋭さが察せられる。住居の多くは4間か5間、時には6間ある。部屋には壁紙を張り、天井があって、白い薄紙を張った格子戸と窓がある。床には上質のござが敷いてあり、朝鮮本国では高級官僚の家ですらめったに見られないような家具がふんだんにある。……
朝鮮にいたとき、私は朝鮮人というのはくずのような民族で、その状態は望みなしと考えていた。処が沿海州ではその考えを大いに修正しなければならなかった。自らを裕福な農民層に育て上げ、ロシア人警察官やロシア人入植者や軍人から、勤勉で品行方正だとすばらしい評価を受けている朝鮮人は、なにも例外的に勤勉家なのでも倹約家なのでもないのである。彼らは大半が飢饉から逃げ出してきた飢えた人々であった。そういった彼らの裕福さや品行の良さは、朝鮮本国においても真摯な行政と収入の保護さえあれば、人々は徐々にまっとうな人間となりうるのではないかという望みを私に抱かせる。」
↑「4人の外国人が見た韓国併合前の朝鮮 8、結び」(杉本幹夫)より
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/heigouji-chousen.html#top
>真摯な行政と収入があれば〜
総督府の行政ってかなり真摯だったのでは・・
↓既出かもしれませんが上記以外にも論文がたくさん載っているhpでした。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~korea-su/korea-su/jkorea/nikkan/index.html
これは メッセージ 736 (honto_gou_tell_me さん)への返信です.
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