Re: 質問です。
投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2008/03/13 23:12 投稿番号: [6385 / 7270]
・・・え〜〜〜・・・・
2時間かけて、読み通した感想をば・・・・・
「日本と日本人は、黙ってウリの言う事を、無条件に!絶対的に!受け入れる事!無論、反論は許さない!!!」
ですか・・・・・
あ、あと、蛇足までに・・・
>朝鮮半島にも徴用令のみならず徴兵令も発令したと聞いております。ならば、戦没者は志願兵だけではないわけです。
半島で、当時の朝鮮系日本人(日本国籍を有する、民族的には朝鮮民族の方々)に対する徴兵制は、1944年(昭和19年)3月に施行を決定。
同年(1944年)9月に実施。
ここで、半島に最初に師団が設置された大正4年(1915年)から、太平洋戦争最後の年、
昭和20年(1945年)までに設立された、在朝鮮半島の全師団は、以下の通り。
・第19師団:1915年12月設立
編制地 羅南
1944年12月 第14方面軍隷下
最終駐留地 フィリピン・ルソン島
・第20師団:1915年12月設立
編制地 京城(龍山)
1943年 第18軍隷下
最終駐留地 ニューギニア島
・第30師団:1943年6月設立
編制地 平壌
1944年8月 第35軍隷下
最終駐留地 フィリピン・ミンダナオ島
・第49師団:1944年1月設立
編制地 京城
1944年6月 ビルマ方面軍隷下
最終駐留地 ビルマ
・第79師団:1945年2月設立
編制地 羅南
1945年2月 第3軍隷下
最終駐留地 図們
・第137師団:1945年7月設立
編制地 羅南
1945年8月 第34軍隷下
最終駐留地 咸興
・第150師団:1945年2月設立
編制地 京城
1945年3月 第17方面軍隷下
最終駐留地 全羅南道
・第160師団:1945年2月設立
編制地 京城
1945年3月 第17方面軍隷下
最終駐留地 全羅南道
・第320師団:1945年5月設立
編制地 京城
1945年6月 第17方面軍隷下
最終駐留地 釜山
上記9個師団。
内、外地の前線へ派遣されたのは第19、第20、第30、第49師団の4個師団。
第19師団は1944年12月だが、他師団は1943年から、1944年8月までに、最前線に投入されていますな。
残り5個師団は、朝鮮半島に残留で、1945年8月15日を迎えた訳で。
志願兵・徴兵の別無く、初年兵教育は。
・第1期(基礎教練:敬礼・行進の仕方から歩兵銃の撃方、銃剣の使い方まで、分隊・小隊教練)3ヶ月
・第2期(銃剣術・射撃術の練磨、機關銃・擲彈筒使用方、瓦斯防護・應急看護術の習得、衛兵勤務、中隊・大隊教練)3ヶ月
・第3期(游泳・漕艇術、對戰車擲彈術、聯隊・旅團教練)4ヶ月
・師団対抗演習 1ヶ月
の、11ヶ月間を「初年兵教育期間」に充て、「留守部隊(国内残留・支援部隊)」にて教育しました。
2年目の「2年兵」から、補充交代要員として、戦地に赴きます。
因みに「召集兵」は「予備役(現役終了後5年間)」「後備役(予備役終了後10年間)」「補充兵役(現役で入営しなかった徴兵検査合格者。12年間)」から「充当召集」された人々で、年配者が当然ながら多かった。
何を言いたいかと言うと。
「朝鮮系戦没者の方々の殆ど大半は、志願兵出身者の方々だった」、と・・・
*と、言うより。
1944年9月徴兵検査合格者の方々は、初年兵教育終了時と、日本の敗戦が丁度重なっておりますな。
2時間かけて、読み通した感想をば・・・・・
「日本と日本人は、黙ってウリの言う事を、無条件に!絶対的に!受け入れる事!無論、反論は許さない!!!」
ですか・・・・・
あ、あと、蛇足までに・・・
>朝鮮半島にも徴用令のみならず徴兵令も発令したと聞いております。ならば、戦没者は志願兵だけではないわけです。
半島で、当時の朝鮮系日本人(日本国籍を有する、民族的には朝鮮民族の方々)に対する徴兵制は、1944年(昭和19年)3月に施行を決定。
同年(1944年)9月に実施。
ここで、半島に最初に師団が設置された大正4年(1915年)から、太平洋戦争最後の年、
昭和20年(1945年)までに設立された、在朝鮮半島の全師団は、以下の通り。
・第19師団:1915年12月設立
編制地 羅南
1944年12月 第14方面軍隷下
最終駐留地 フィリピン・ルソン島
・第20師団:1915年12月設立
編制地 京城(龍山)
1943年 第18軍隷下
最終駐留地 ニューギニア島
・第30師団:1943年6月設立
編制地 平壌
1944年8月 第35軍隷下
最終駐留地 フィリピン・ミンダナオ島
・第49師団:1944年1月設立
編制地 京城
1944年6月 ビルマ方面軍隷下
最終駐留地 ビルマ
・第79師団:1945年2月設立
編制地 羅南
1945年2月 第3軍隷下
最終駐留地 図們
・第137師団:1945年7月設立
編制地 羅南
1945年8月 第34軍隷下
最終駐留地 咸興
・第150師団:1945年2月設立
編制地 京城
1945年3月 第17方面軍隷下
最終駐留地 全羅南道
・第160師団:1945年2月設立
編制地 京城
1945年3月 第17方面軍隷下
最終駐留地 全羅南道
・第320師団:1945年5月設立
編制地 京城
1945年6月 第17方面軍隷下
最終駐留地 釜山
上記9個師団。
内、外地の前線へ派遣されたのは第19、第20、第30、第49師団の4個師団。
第19師団は1944年12月だが、他師団は1943年から、1944年8月までに、最前線に投入されていますな。
残り5個師団は、朝鮮半島に残留で、1945年8月15日を迎えた訳で。
志願兵・徴兵の別無く、初年兵教育は。
・第1期(基礎教練:敬礼・行進の仕方から歩兵銃の撃方、銃剣の使い方まで、分隊・小隊教練)3ヶ月
・第2期(銃剣術・射撃術の練磨、機關銃・擲彈筒使用方、瓦斯防護・應急看護術の習得、衛兵勤務、中隊・大隊教練)3ヶ月
・第3期(游泳・漕艇術、對戰車擲彈術、聯隊・旅團教練)4ヶ月
・師団対抗演習 1ヶ月
の、11ヶ月間を「初年兵教育期間」に充て、「留守部隊(国内残留・支援部隊)」にて教育しました。
2年目の「2年兵」から、補充交代要員として、戦地に赴きます。
因みに「召集兵」は「予備役(現役終了後5年間)」「後備役(予備役終了後10年間)」「補充兵役(現役で入営しなかった徴兵検査合格者。12年間)」から「充当召集」された人々で、年配者が当然ながら多かった。
何を言いたいかと言うと。
「朝鮮系戦没者の方々の殆ど大半は、志願兵出身者の方々だった」、と・・・
*と、言うより。
1944年9月徴兵検査合格者の方々は、初年兵教育終了時と、日本の敗戦が丁度重なっておりますな。
これは メッセージ 6281 (tsu_561 さん)への返信です.
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