韓国旅行記(2)〜近現代史に触れながら〜
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2007/07/26 23:38 投稿番号: [5958 / 7270]
天安の独立記念館
仁川の隣の駅である東仁川駅の近くにあるサウナに泊まったため、東仁川駅から九老駅まで行き、そこで乗り換えて天安へ向かった。
天安駅に着くと近くの食堂でカルビタンを食べ、天安の名物で日本から伝わったとの説もあるクルミ菓子(ホドゥカジャ)を買って、独立記念館へのバスへ乗り込んだ。
独立記念館は、ソウルからだとKTX(高速鉄道)に乗っても35分かかる位置にある。天安駅からさらにバスで30分ほど行った森の中と言ってもいいほどの田舎にある。
田舎にあるぶん、121万坪という広大な敷地に建っているのが独立記念館である。
独立記念館は、1982年の歴史教科書問題後、独立記念館建立の募金活動が行われ、1987年の8月15日に開館した。
1982年の教科書問題とは、日本の一部の歴史教科書で「侵略」が「進出」と書き換えられたという報道から始まった。8月15日は韓国では日本の統治から解放された「光復節」である。
独立記念館前でバスを降り、駐車場を越えて行くと高さ51メートルの「キョレの塔」がある。キョレの塔は、韓(朝鮮)民族の自主と独立、統一などの意思を表しているという。
「キョレ」とは、「はいから、同胞」などの意味で、「キョレの塔」は英語では、Monument to the Nationとされていた。ここで出てくる同胞、民族、統一という言葉は明らかに北朝鮮を意識しており、「反日」が韓国と北朝鮮の団結にも利用されていることがここでも示唆されている。
キョレの塔を後にして、橋を越え、さらに進むと、左右に韓国の国旗、太極旗が大量に翻っている「キョレの広場」がある。
日本では一部で、「日の丸は軍国主義を進めた罪深い旗」として毛嫌いする人がいることを考えると、韓国人の愛国心がどれだけ強いかを感じることが出できる。キョレの広場には、日本人が韓国人を処刑するシーンが再現され、拷問の道具も展示されていた。
キョレの広場の先にあるのが「キョレの家」である。東洋最大の瓦の家で、高麗時代の建物をモデルにしたという。
「北京の天安門より大きい建物」というのが自慢のようだ。キョレの家の大ホールの中央部には、「不屈の韓国人像」がある。
「韓民族の自主と独立、人類の平和と反映を目指して絶え間なく表出された不屈の気性を表象している」という。
その先には7つの展示館があるが、その日は第4展示館(三・一運動館)は休んでいるとのことだった。その展示館の中で最も印象的だったのが第3展示館である。日本による明成皇后殺害のミラクルビジョンや日本帝国主義の拷問場面などがあり、日本人が韓国人を拷問している場面が蝋人形で再現されている。
このような展示の仕方について日本人はどう考えるだろうか。日本のした「歴史的事実」を目の当たりにし、贖罪の念がこみ上げてくる人もいるかもしれない。
しかし、多くの日本人は、そのような展示が、日韓友好の妨げになるのではないかと考えるような気がする。日韓の歴史認識の差を改めて感じさせられた。
バスで天安駅へ戻る間、周りの韓国人を見渡した。「彼らもあの展示を見たのではないか」と思うと、日本に対する「ハン(恨み)」が心に深く刻まれた韓国との相互理解や関係発展は口で言うほど簡単なことではないと考えさせられた。
(つづく)
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070714/13156
仁川の隣の駅である東仁川駅の近くにあるサウナに泊まったため、東仁川駅から九老駅まで行き、そこで乗り換えて天安へ向かった。
天安駅に着くと近くの食堂でカルビタンを食べ、天安の名物で日本から伝わったとの説もあるクルミ菓子(ホドゥカジャ)を買って、独立記念館へのバスへ乗り込んだ。
独立記念館は、ソウルからだとKTX(高速鉄道)に乗っても35分かかる位置にある。天安駅からさらにバスで30分ほど行った森の中と言ってもいいほどの田舎にある。
田舎にあるぶん、121万坪という広大な敷地に建っているのが独立記念館である。
独立記念館は、1982年の歴史教科書問題後、独立記念館建立の募金活動が行われ、1987年の8月15日に開館した。
1982年の教科書問題とは、日本の一部の歴史教科書で「侵略」が「進出」と書き換えられたという報道から始まった。8月15日は韓国では日本の統治から解放された「光復節」である。
独立記念館前でバスを降り、駐車場を越えて行くと高さ51メートルの「キョレの塔」がある。キョレの塔は、韓(朝鮮)民族の自主と独立、統一などの意思を表しているという。
「キョレ」とは、「はいから、同胞」などの意味で、「キョレの塔」は英語では、Monument to the Nationとされていた。ここで出てくる同胞、民族、統一という言葉は明らかに北朝鮮を意識しており、「反日」が韓国と北朝鮮の団結にも利用されていることがここでも示唆されている。
キョレの塔を後にして、橋を越え、さらに進むと、左右に韓国の国旗、太極旗が大量に翻っている「キョレの広場」がある。
日本では一部で、「日の丸は軍国主義を進めた罪深い旗」として毛嫌いする人がいることを考えると、韓国人の愛国心がどれだけ強いかを感じることが出できる。キョレの広場には、日本人が韓国人を処刑するシーンが再現され、拷問の道具も展示されていた。
キョレの広場の先にあるのが「キョレの家」である。東洋最大の瓦の家で、高麗時代の建物をモデルにしたという。
「北京の天安門より大きい建物」というのが自慢のようだ。キョレの家の大ホールの中央部には、「不屈の韓国人像」がある。
「韓民族の自主と独立、人類の平和と反映を目指して絶え間なく表出された不屈の気性を表象している」という。
その先には7つの展示館があるが、その日は第4展示館(三・一運動館)は休んでいるとのことだった。その展示館の中で最も印象的だったのが第3展示館である。日本による明成皇后殺害のミラクルビジョンや日本帝国主義の拷問場面などがあり、日本人が韓国人を拷問している場面が蝋人形で再現されている。
このような展示の仕方について日本人はどう考えるだろうか。日本のした「歴史的事実」を目の当たりにし、贖罪の念がこみ上げてくる人もいるかもしれない。
しかし、多くの日本人は、そのような展示が、日韓友好の妨げになるのではないかと考えるような気がする。日韓の歴史認識の差を改めて感じさせられた。
バスで天安駅へ戻る間、周りの韓国人を見渡した。「彼らもあの展示を見たのではないか」と思うと、日本に対する「ハン(恨み)」が心に深く刻まれた韓国との相互理解や関係発展は口で言うほど簡単なことではないと考えさせられた。
(つづく)
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070714/13156
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