韓国旅行記(1)〜近現代史に触れながら〜
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2007/07/21 23:11 投稿番号: [5946 / 7270]
仁川の自由公園とチャイナタウン
7月5日から7月12日までの8日間、私は旅行で韓国を訪問した。訪韓は今回で8度目だ。旅のテーマは「韓国の近現代史を考える」というものだった。
7月5日、午後4時半ごろ、飛行機が仁川国際空港に到着。ソウルには向かわず、仁川駅へ向かった。仁川駅は、1900年に営業を始めた長い歴史を持つ駅である。現在の駅舎は1960年6月に新築された現代式鉄筋コンクリートの建物で、建坪774.9平方メートルである。
仁川駅の近くにはチャイナタウンや自由公園などがある。仁川駅に着いても、機内食を食べたばかりでおなかがすいていなかったので、自由公園を見た後、チャイナタウンで夕食を取り、その日の宿を探すことにした。
自由公園は、朝鮮半島の日本統治時代には西公園と呼ばれていた。自由公園と呼ばれるようになったのは、1957年になって仁川上陸作戦を指揮したマッカーサー軍の銅像が建てられた後のことである。
マッカーサーの銅像は、マッカーサーを「朝鮮戦争時に民間人虐殺の命令を出した人物だ」と主張する団体などによって「撤去すべきだ」との意見も出ており、自由公園で大規模な集会も開かれた。
2005年9月11日には、銅像を撤去しようとする革新派の学生を中心とした団体と、マッカーサーを、「韓国を北朝鮮から救った英雄」と主張する保守的な退役軍人のおじいさんたちを中心とした団体、そして銅像を守る機動隊が自由公園に集まり、三つどもえになって争ったそうだ。
その自由公園ではおばさんたちが集まり、エアロビクスをしていた。また、機動隊が常駐していたマッカーサーの銅像の前には柵が設けられ、機動隊は姿を消していた。
仁川のチャイナタウンは、1883年に仁川港が開港し、中国人が移り住んできたことでできあがった。
韓国唯一のチャイナタウンとして、今年4月には地域特化発展特区に指定され、規制特例などが適用される地区となった。1970年代に、韓国政府の反共政策によってチャイナタウンが廃れていったことを考えれば隔世の感がある。
そのチャイナタウンで、韓国で最初に韓国式ジャージャー麺(めん)=チャジャンミョンを売り始めたという店、共和春を訪れた。
チャジャンミョンは、韓国映画やドラマにもよく登場する料理で、ドラマ「天国の階段」ではチェ・ジウに、「こんなおいしいチャジャンミョン、アメリカに行っても食べられるかしら」と言わせ、また、朝鮮半島通で大学時代の恩師である重村智計教授をして、「これほどおいしいもの食べたことない」と言わせた韓国の中華料理である。
私が韓国に留学していたころは、辛(から)い韓国料理に胃が疲れているときに、胃を休ませてくれるありがたい料理だった。
共和春でチャジャンミョンを食べ、宿を探したが、近くには旅館がないとのことだったので、その日はサウナで寝ることにした。
チャイナタウンにしてもマッカーサーの銅像にしても、韓国という国は短い期間で大きく変化する。韓国人は躍動的で、国は常に動いている。そんなことを考えながら仁川で眠りについた。
(つづく)
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070712/13113
7月5日から7月12日までの8日間、私は旅行で韓国を訪問した。訪韓は今回で8度目だ。旅のテーマは「韓国の近現代史を考える」というものだった。
7月5日、午後4時半ごろ、飛行機が仁川国際空港に到着。ソウルには向かわず、仁川駅へ向かった。仁川駅は、1900年に営業を始めた長い歴史を持つ駅である。現在の駅舎は1960年6月に新築された現代式鉄筋コンクリートの建物で、建坪774.9平方メートルである。
仁川駅の近くにはチャイナタウンや自由公園などがある。仁川駅に着いても、機内食を食べたばかりでおなかがすいていなかったので、自由公園を見た後、チャイナタウンで夕食を取り、その日の宿を探すことにした。
自由公園は、朝鮮半島の日本統治時代には西公園と呼ばれていた。自由公園と呼ばれるようになったのは、1957年になって仁川上陸作戦を指揮したマッカーサー軍の銅像が建てられた後のことである。
マッカーサーの銅像は、マッカーサーを「朝鮮戦争時に民間人虐殺の命令を出した人物だ」と主張する団体などによって「撤去すべきだ」との意見も出ており、自由公園で大規模な集会も開かれた。
2005年9月11日には、銅像を撤去しようとする革新派の学生を中心とした団体と、マッカーサーを、「韓国を北朝鮮から救った英雄」と主張する保守的な退役軍人のおじいさんたちを中心とした団体、そして銅像を守る機動隊が自由公園に集まり、三つどもえになって争ったそうだ。
その自由公園ではおばさんたちが集まり、エアロビクスをしていた。また、機動隊が常駐していたマッカーサーの銅像の前には柵が設けられ、機動隊は姿を消していた。
仁川のチャイナタウンは、1883年に仁川港が開港し、中国人が移り住んできたことでできあがった。
韓国唯一のチャイナタウンとして、今年4月には地域特化発展特区に指定され、規制特例などが適用される地区となった。1970年代に、韓国政府の反共政策によってチャイナタウンが廃れていったことを考えれば隔世の感がある。
そのチャイナタウンで、韓国で最初に韓国式ジャージャー麺(めん)=チャジャンミョンを売り始めたという店、共和春を訪れた。
チャジャンミョンは、韓国映画やドラマにもよく登場する料理で、ドラマ「天国の階段」ではチェ・ジウに、「こんなおいしいチャジャンミョン、アメリカに行っても食べられるかしら」と言わせ、また、朝鮮半島通で大学時代の恩師である重村智計教授をして、「これほどおいしいもの食べたことない」と言わせた韓国の中華料理である。
私が韓国に留学していたころは、辛(から)い韓国料理に胃が疲れているときに、胃を休ませてくれるありがたい料理だった。
共和春でチャジャンミョンを食べ、宿を探したが、近くには旅館がないとのことだったので、その日はサウナで寝ることにした。
チャイナタウンにしてもマッカーサーの銅像にしても、韓国という国は短い期間で大きく変化する。韓国人は躍動的で、国は常に動いている。そんなことを考えながら仁川で眠りについた。
(つづく)
http://www.ohmynews.co.jp/news/20070712/13113
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