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Re: 小室直樹

投稿者: trip_in_the_night 投稿日時: 2006/01/16 21:10 投稿番号: [3356 / 7270]
>日本はオランダとだけ開戦して、とにかくインドネシアの石油を押さえる。

なるほど、当時蘭印パレンバン油田の石油産出量は年間470万キロリットルで、日本の国内消費量400万キロリットル。
しかし、実際にそういう想定・計画もあったのですが、非現実的なので実行されませんでした。

『軍による南方石油の占領準備はすでに16年春からひそかに始められた。「日本石油百年史」(日本石油株式会社)によれば、2月3日、技術者十数人が集められ、大村取締役が「万一の場合は蘭印油田を占領してもらうことになる」と語った。南方に運ぶため、台湾では4月から油田機材の取り外しが始まり、国内油田でも「休井」を名目に、掘削用機材が取り外された。夏ごろには油田や製油所の技術者に徴用令状が渡され、千葉県市川市で石油部隊が編成される。
部隊は開戦から二か月以上前の昭和16年9月末、輸送船で日本を出航。仏印のカムラン湾などで待機したあと、開戦から7日後、英領ボルネオのミリに戦闘部隊とともに敵前上陸した。』

理由は、オランダと英米は同盟関係。
蘭印スマトラ島パレンバンにあった大油田の製油施設は、BPMの英蘭系とNKPMの米蘭系でしたから、これに日本軍が侵攻したら、直ちに米英から対日宣戦布告されます。
日本の石油を絶つという戦略が崩壊し、インドネシアが日本の手に帰するというのは、米英にとっては一大脅威です。
そして、日本軍が蘭印だけに侵攻したつもりでも、米英から宣戦布告されると、緒戦から守勢に回ることになり、石油の確保も難しくなります。
そのため、日本軍は東南アジアの油田地域を押さえる、と同時に米英の根拠地を攻略することで、形だけでも長期持久の体制(シーレーン確保)を整える必要があった訳です。


オランダは中立宣言をしていたが、ドイツに侵攻され、昭和16年2月に降伏。
8月アメリカの対日石油全面禁輸措置があって、オランダの蘭印石油の融通も断られる。
オランダは対日経済封鎖のABCD包囲網の一翼を担う。
12月8日に日本が米英に宣戦布告したときも、オランダには宣戦布告しなかった。
しかしオランダは直ちに12月10日、日本に宣戦布告。
オランダは米・英・豪と艦隊を組んで、日本海軍と戦っております。
日本がオランダに宣戦布告したのは、蘭印領に攻撃を開始した翌昭和17年1月で、2月に占領完了。
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