Re: >日本刀の影響を受けた
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/10/16 17:27 投稿番号: [3021 / 7270]
>>輸出品目のなかでは、硫黄も大きい。
さらに、日本刀が大きかった。足利八代将軍義政に時代の享徳2(1453)年の輸出品目では、日本刀は9500振というたいそうな数であった。
これだけの日本刀を、明の側ではどのように使ったのか、まったく文献がない。・・・
(「街道をゆくー中国・江南のみち」全集58)
>たしか、武器に使うより、溶かしてその良鉄を転用したのではないか、と書いていませんでしたか?
私の記憶違いでした。「街道をゆく」には書いていませんね。(この本、目の前の本棚にあったのに・・・)
こっちでした。
「
日本刀については、宋の詩人欧陽修(一○○七〜七二)が、その「日本刀歌」で、鋭利と優美をたたえている。
詩がつくられるほどだから、宋・明の人が、日本刀を需(ルビ:もと)めたことがわかるか、しかしどのように使われたのかはよくわからない。兵器としてか、装飾品としてなのか、いまとなれば見当もつかない。
(中略)
近代以前の中国で生産された鉄は、刀槍までが主として鋳鉄だったことはすでにふれた。暮らしのなかでつねに鋼鉄(ルビ:はがね)が不足していたので、あるいは日本刀を寸断して、ノミやカンナのたぐいにしたのか、という証拠のない想像もしたくなる。
一説には、倭寇の害をふせぐためだったともいう。明の政府が日本刀をさかんに買いあげて捨てることによって日本刀が払底し、自然、倭寇もすくなくなる、ということを期待したというのである。」(この国のかたち
五)
それに「数刀」じゃなくて「数打物」「束刀」でした。
これは メッセージ 3019 (toapanlang さん)への返信です.
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