資料第2弾です
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2005/10/12 20:36 投稿番号: [2997 / 7270]
第1弾と同じ書物からです。
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習うのは弓術だけ
こうした武蔑視の風潮が何百年もつづくとどうなるか。李朝末期に現れ実学の大成者と言われる丁若𨉷(一七六二〜一八三六年、号は茶山)は、その著「牧民心書」兵典のなかで「わが国の風潮は柔弱で武技を好まない。習うところといっては弓術だけだが、近ごろはそれさえ習うことがない。武を勧めることは、今日の急務である」と憂えている。それほど武は軽んじられていたのである。
彼によれば、習っているという唯一の弓術も、肝腎の弓矢が粗雑に作られていて、どうしようもない。「弦は細く膠だけ厚く塗っているので、初めは強いが、やがて弱くなる。冬強く夏弱く、晴天に強く雨天に弱い。射るたびに弓筈が外れ端がよじれて、一度射れば弓矯(弓を締め直すための道具)で元に戻し直すのが大変」というシロモノで、せいぜい射的の賭け事に使われるだけだという。「鉄鏃(鉄でできているヤジリ)なるものも、先の尖ったのがない。人を傷つけるのを恐れて作ったようで、肝腎の貫通能力がない。国中の矢が、ひっくるめてそんなものだ。もっとも官庫に所蔵しているもののなかには、尖ったのもあるが、それも万に一つで、もし敵に攻め込まれたら、徒手空拳で戦うより他はない」という有様だった。(田中明「物語 韓国人」文春新書)
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ほんとに、どうやって撃退したんでしょう?
撃退と言うより、敵軍の撤退ってことだったのかな。トリップさんの言うように、江華島占領が関の山ですし、朝鮮軍殲滅が戦略目標でもなかったでしょうしね。
これは メッセージ 2996 (toapanlang さん)への返信です.
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