NHKBSハイビジョン
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/06/21 03:39 投稿番号: [2465 / 7270]
今週はBShiで特集(時間のある方、「毒を食らわば皿まで」の方はどうぞ・・)
http://www.nhk.or.jp/bs/navi/docum_td.html#200506211930
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ハイビジョン特集〔日韓国交40年企画〕
「哀(かな)しみと希望の海峡 日韓を結ぶ連絡船の100年」 6月21日(火) 後7:30〜9:20
日本と韓国を結ぶ関釜航路が開設されて今年でちょうど百年になる。最初国内航路としてスタートした関釜航路は朝鮮併合、終戦、国交回復という激動の時代に存在し続けた。乗客も時代を反映して変化した。最初は日本から朝鮮半島へ、一旗上げようという日本人でこみ合った。やがて逆に仕事を求める人々が日本へ向かう。大陸へ向かう兵士と徴用の朝鮮人であふれた1943年には年間3百万人を運んだ。終戦で一時中断したが、1970年に再開。80年代には日本と韓国の経済格差を反映してぽったりさんと呼ばれるかつぎ屋のおばさんたちでにぎわった。日本文化の開放、昨年来の韓流ブームを反映してここ数年は新たな客層が目立つようになった。百年の間に関釜航路はたくさんの人々の哀しみと希望を運んだ。それは〝近くて遠い〟日本と韓国の近代史そのものである。初代の壱岐丸から米軍の魚雷で沈没した崑崙丸など連絡船にまつわる物語や、乗客とその家族の想いをラジオで募集した手紙と証言で綴り、日韓交流の庶民のつながりを描く。
「そして僕は日本で生まれ育った 在日のコリアンたち・家族の100年 」 6月22日(水) 後7:30〜9:20
1905年、日韓協商条約で日本が朝鮮半島を保護下においてから100年。植民地支配で生み出された「在日コリアンたち」は、戦争や南北分断、そして北朝鮮への帰国事業など、激動の歴史に翻弄されて、4世代にもわたって流浪の旅をつづけている。
玄真行もその一人。彼は在日二世のドキュメンタリスト。テレビ、そして映画の世界で「在日」というテーマにこだわって数多くの優れたドキュメンタリーをつくってきた。「幻のオリンピック」(ギャラクシー大賞)では、在日の選手の人生を見つめた。また、「故郷の家」や「アリラン」では、在日の一人としての自身の経験を織り込んだ。そしていま、自らの家族のルーツを探る旅に出ようとしている。玄は問う。「父と母は、どんな家庭で生まれ育ち、どんな青春を送り、どんな夢を抱いて日本へ渡り、どういう思いで死んでいったのだろう」番組では、玄の両親の故郷である済州島、父と母が20年ほど暮らしていた大阪・猪飼野、玄が生まれ育った街東京、そして北朝鮮へ渡った自分の肉親の行方を求めてソウルへと、玄が自分の「家族の物語」を再発見してゆく旅を通して、様々な在日コリアンの人生を見つめてゆく。それぞれの思いを通じて、国家とは、故郷とは、そして生きるとはどういうことなのか、根源的に問いかける。
「映画人は海峡を越えた 二人の旅人がたどる日韓40年」 6月23日(木) 後7:30〜9:00
近くて遠い国、日本と韓国・・・。愛憎まじりあう関係を続けてきた二つの国家と民族の間を、映画・音楽・アニメなどの大衆文化が様々な形で近づけてきた。
昨年、「半落ち」で数々の賞を受賞した佐々部清監督は、「チルソクの夏」で、差別や偏見を乗り越えて愛をはぐくむ日韓の高校生を描き、韓国で好評を得た。一方、韓国映画の旗手の一人、ソン・ヘソン監督は、朝鮮半島出身のプロレスの王者を描いた「力道山」を演出。来年、日本でも公開される。
海峡を越えようとした二人の映画人が、お互いの国を訪ねて、この40年間、日韓の溝を埋めようと努力してきた映画人たちと出会う。日本のアニメ技術を韓国の若者たちに伝えた老人、日韓合作映画の夢と挫折、韓流ブームを仕掛けた在日二世・・・。この40年、日韓の国交が正常化したにもかかわらず、何が両国の溝となってきたのか、その中で映画はどのような役割を果たしてきたのか。2人の映画人が、旅を続けながらメールで語りあいながら、二つの国の溝の深さと、それを近づけていく文化の力を探っていく。
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観ずらい時間帯だなぁ、BShiじゃ録画も出来んし・・・(再放送の時間帯に期待します)
http://www.nhk.or.jp/bs/navi/docum_td.html#200506211930
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ハイビジョン特集〔日韓国交40年企画〕
「哀(かな)しみと希望の海峡 日韓を結ぶ連絡船の100年」 6月21日(火) 後7:30〜9:20
日本と韓国を結ぶ関釜航路が開設されて今年でちょうど百年になる。最初国内航路としてスタートした関釜航路は朝鮮併合、終戦、国交回復という激動の時代に存在し続けた。乗客も時代を反映して変化した。最初は日本から朝鮮半島へ、一旗上げようという日本人でこみ合った。やがて逆に仕事を求める人々が日本へ向かう。大陸へ向かう兵士と徴用の朝鮮人であふれた1943年には年間3百万人を運んだ。終戦で一時中断したが、1970年に再開。80年代には日本と韓国の経済格差を反映してぽったりさんと呼ばれるかつぎ屋のおばさんたちでにぎわった。日本文化の開放、昨年来の韓流ブームを反映してここ数年は新たな客層が目立つようになった。百年の間に関釜航路はたくさんの人々の哀しみと希望を運んだ。それは〝近くて遠い〟日本と韓国の近代史そのものである。初代の壱岐丸から米軍の魚雷で沈没した崑崙丸など連絡船にまつわる物語や、乗客とその家族の想いをラジオで募集した手紙と証言で綴り、日韓交流の庶民のつながりを描く。
「そして僕は日本で生まれ育った 在日のコリアンたち・家族の100年 」 6月22日(水) 後7:30〜9:20
1905年、日韓協商条約で日本が朝鮮半島を保護下においてから100年。植民地支配で生み出された「在日コリアンたち」は、戦争や南北分断、そして北朝鮮への帰国事業など、激動の歴史に翻弄されて、4世代にもわたって流浪の旅をつづけている。
玄真行もその一人。彼は在日二世のドキュメンタリスト。テレビ、そして映画の世界で「在日」というテーマにこだわって数多くの優れたドキュメンタリーをつくってきた。「幻のオリンピック」(ギャラクシー大賞)では、在日の選手の人生を見つめた。また、「故郷の家」や「アリラン」では、在日の一人としての自身の経験を織り込んだ。そしていま、自らの家族のルーツを探る旅に出ようとしている。玄は問う。「父と母は、どんな家庭で生まれ育ち、どんな青春を送り、どんな夢を抱いて日本へ渡り、どういう思いで死んでいったのだろう」番組では、玄の両親の故郷である済州島、父と母が20年ほど暮らしていた大阪・猪飼野、玄が生まれ育った街東京、そして北朝鮮へ渡った自分の肉親の行方を求めてソウルへと、玄が自分の「家族の物語」を再発見してゆく旅を通して、様々な在日コリアンの人生を見つめてゆく。それぞれの思いを通じて、国家とは、故郷とは、そして生きるとはどういうことなのか、根源的に問いかける。
「映画人は海峡を越えた 二人の旅人がたどる日韓40年」 6月23日(木) 後7:30〜9:00
近くて遠い国、日本と韓国・・・。愛憎まじりあう関係を続けてきた二つの国家と民族の間を、映画・音楽・アニメなどの大衆文化が様々な形で近づけてきた。
昨年、「半落ち」で数々の賞を受賞した佐々部清監督は、「チルソクの夏」で、差別や偏見を乗り越えて愛をはぐくむ日韓の高校生を描き、韓国で好評を得た。一方、韓国映画の旗手の一人、ソン・ヘソン監督は、朝鮮半島出身のプロレスの王者を描いた「力道山」を演出。来年、日本でも公開される。
海峡を越えようとした二人の映画人が、お互いの国を訪ねて、この40年間、日韓の溝を埋めようと努力してきた映画人たちと出会う。日本のアニメ技術を韓国の若者たちに伝えた老人、日韓合作映画の夢と挫折、韓流ブームを仕掛けた在日二世・・・。この40年、日韓の国交が正常化したにもかかわらず、何が両国の溝となってきたのか、その中で映画はどのような役割を果たしてきたのか。2人の映画人が、旅を続けながらメールで語りあいながら、二つの国の溝の深さと、それを近づけていく文化の力を探っていく。
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観ずらい時間帯だなぁ、BShiじゃ録画も出来んし・・・(再放送の時間帯に期待します)
これは メッセージ 2462 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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