「強制連行ではないとみられる〜」
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2005/05/28 02:26 投稿番号: [2398 / 7270]
室蘭の遺骨関係で、
朝日の地方版に昨年こんな記事があったようです。
(2chのコピーなので確認が必要かもしれませんが)
http://news17.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1088005174/l50
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【北海道】強制連行ではないとみられる朝鮮半島から動員の労働者の遺骨身元判明
1 :依頼646@レコバφ ★ :04/06/24 00:39 ID:???
終戦間際に室蘭市内の日本製鉄輪西製鉄所(当時)で米海軍の艦砲射撃を受けて
死亡、遺骨が市内のお寺に預けられている朝鮮半島出身者の身元が59年ぶりに分かり、
遺族を調べている韓国のテレビ局や道内の関係者に21日、遺品が公開された。
地元の研究者らは「動員された朝鮮人の労働や待遇などを知る貴重な資料になるのでは」
と話している。
木箱には、朝鮮半島の本籍と4人の日本名、生年月日を記した紙が張られていた。
うち1人は76年に遺族が判明し、すでに返還されている。
父親の具聖祖さん(故人)が63年、池田勇人首相あてに出した消息を求める陳情
書や、輪西製鉄所を引き継いだ富士製鉄(現・新日鉄)が政府に出した報告書などを、
強制連行真相調査団が入手。これらを基に、韓国文化放送(MBC)が遺族を捜しあてた。
遺品には肉親や知人からのはがきもあった。母親からのはがきには日本語で、「来年
の七月無事到着するやう心から祈って居る。此の前手紙したのだが、受け取ったのかお母
さんは日々心配して居る」と書かれていた。
3人が死亡したのは終戦1カ月前の45(昭和20)年7月15日。室蘭沖から米戦艦
ミズーリなどが約800発の艦砲射撃をし、
輪西製鉄所だけでも182人が死亡した。このうち5人が、具さんら朝鮮人労働者だった。
遺骨は戦後、日鉄関係者が釜山まで持っていったが、遺族が分かったのは1人だけで、
残る遺骨は室蘭に持ち帰った。
新日鉄室蘭製鉄所では、「会社は変わっているが、人道上の問題であり、
知らないとは言えない。遺族の方が確認できればお返しするのが筋だと思う」と話す。
MBCと光昭寺の橋渡しをした朝鮮総連道本部の蔡鴻哲副委員長は
「殉職扱いを示す文書もあり、強制連行ではないとみられる。
だが、母親のはがきを読むと胸が詰まる。ほかの2人の遺族捜しも検討したい」と
話している。
※以上記事引用しました。全文はリンク先参照して下さい
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news02.asp?kiji=7024
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>朝鮮総連道本部の蔡鴻哲副委員長は
>「殉職扱いを示す文書もあり、強制連行ではないとみられる。
朝鮮総連も意外と常識的なんだなぁ(道本部は規模が小さいからかな・・)
>日本人の青荘年は戦地に駆り出されていたからですね
>四十歳に近くなって召集されたんです。
技官で召集ですか。人が足りなくなってましたでしょうしね。
徴用で工場勤務なんてのは選べる時期ではもう無かったって事でしょうか。
親の兄弟は予科練で飛行機乗りだったそうですが、5月の東京空襲のとき基地の直撃で亡くなったそうです。
各地から飛行兵が集まった日に攻撃があったので情報がつかまれていたのではないかと云う話を聞いたのはほんの数年前です。
(遺族はそういう話は触れたがらないもののようです。自分の子供が相手でも)
同年5月、親の従兄弟は沖縄で戦死となっています(隊の同僚が「やられた」という声を聞いたってだけだそうです)
遺骨は沖縄の何処かにまだあるでしょう。
>まあ、戦争を経験してない幸せを感じつつも
銃では戦ってないでしょうが・・日々家族の生活を守るため奮闘してませんか?
戦時はそれが「銃をとる」に変るだけかと・・
朝鮮も中国も国は国民の生活を守ってくれる様には国民側にはみえなかった(実際守ってはいなかったようですが)
ならば、自分達の生活を守るための「銃」は何処に行けばあるか・・おっとこれじゃ「戦国時代」になっちゃいますね。
(2chのコピーなので確認が必要かもしれませんが)
http://news17.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1088005174/l50
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【北海道】強制連行ではないとみられる朝鮮半島から動員の労働者の遺骨身元判明
1 :依頼646@レコバφ ★ :04/06/24 00:39 ID:???
終戦間際に室蘭市内の日本製鉄輪西製鉄所(当時)で米海軍の艦砲射撃を受けて
死亡、遺骨が市内のお寺に預けられている朝鮮半島出身者の身元が59年ぶりに分かり、
遺族を調べている韓国のテレビ局や道内の関係者に21日、遺品が公開された。
地元の研究者らは「動員された朝鮮人の労働や待遇などを知る貴重な資料になるのでは」
と話している。
木箱には、朝鮮半島の本籍と4人の日本名、生年月日を記した紙が張られていた。
うち1人は76年に遺族が判明し、すでに返還されている。
父親の具聖祖さん(故人)が63年、池田勇人首相あてに出した消息を求める陳情
書や、輪西製鉄所を引き継いだ富士製鉄(現・新日鉄)が政府に出した報告書などを、
強制連行真相調査団が入手。これらを基に、韓国文化放送(MBC)が遺族を捜しあてた。
遺品には肉親や知人からのはがきもあった。母親からのはがきには日本語で、「来年
の七月無事到着するやう心から祈って居る。此の前手紙したのだが、受け取ったのかお母
さんは日々心配して居る」と書かれていた。
3人が死亡したのは終戦1カ月前の45(昭和20)年7月15日。室蘭沖から米戦艦
ミズーリなどが約800発の艦砲射撃をし、
輪西製鉄所だけでも182人が死亡した。このうち5人が、具さんら朝鮮人労働者だった。
遺骨は戦後、日鉄関係者が釜山まで持っていったが、遺族が分かったのは1人だけで、
残る遺骨は室蘭に持ち帰った。
新日鉄室蘭製鉄所では、「会社は変わっているが、人道上の問題であり、
知らないとは言えない。遺族の方が確認できればお返しするのが筋だと思う」と話す。
MBCと光昭寺の橋渡しをした朝鮮総連道本部の蔡鴻哲副委員長は
「殉職扱いを示す文書もあり、強制連行ではないとみられる。
だが、母親のはがきを読むと胸が詰まる。ほかの2人の遺族捜しも検討したい」と
話している。
※以上記事引用しました。全文はリンク先参照して下さい
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news02.asp?kiji=7024
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>朝鮮総連道本部の蔡鴻哲副委員長は
>「殉職扱いを示す文書もあり、強制連行ではないとみられる。
朝鮮総連も意外と常識的なんだなぁ(道本部は規模が小さいからかな・・)
>日本人の青荘年は戦地に駆り出されていたからですね
>四十歳に近くなって召集されたんです。
技官で召集ですか。人が足りなくなってましたでしょうしね。
徴用で工場勤務なんてのは選べる時期ではもう無かったって事でしょうか。
親の兄弟は予科練で飛行機乗りだったそうですが、5月の東京空襲のとき基地の直撃で亡くなったそうです。
各地から飛行兵が集まった日に攻撃があったので情報がつかまれていたのではないかと云う話を聞いたのはほんの数年前です。
(遺族はそういう話は触れたがらないもののようです。自分の子供が相手でも)
同年5月、親の従兄弟は沖縄で戦死となっています(隊の同僚が「やられた」という声を聞いたってだけだそうです)
遺骨は沖縄の何処かにまだあるでしょう。
>まあ、戦争を経験してない幸せを感じつつも
銃では戦ってないでしょうが・・日々家族の生活を守るため奮闘してませんか?
戦時はそれが「銃をとる」に変るだけかと・・
朝鮮も中国も国は国民の生活を守ってくれる様には国民側にはみえなかった(実際守ってはいなかったようですが)
ならば、自分達の生活を守るための「銃」は何処に行けばあるか・・おっとこれじゃ「戦国時代」になっちゃいますね。
これは メッセージ 2391 (honto_gou さん)への返信です.
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