元人民軍記者の韓国戦争参戦記
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2004/10/24 10:14 投稿番号: [1804 / 7270]
元人民軍記者の韓国戦争参戦記
韓国戦争が勃発した1950年6月25日の翌日、重大放送の予告を聞いてラジオを付けた。国防軍が38度線(韓国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の軍事境界線)を超えて侵入、祖国が危険に瀕しているというのだ。
当時、平壌(ピョンヤン)で歴史の教師をしていた私は、すぐさま祖国を守護する聖戦に参加するとの喜びと誇りを胸に、20日間の将校教育を受けて軍団政治部の中隊長として戦線に投入された。
8月頃、ソウル付近まで近づいた時だった。捕虜を尋問する過程で新しい事実を知った。捕虜として捕えられた将校たちは一様に戦争当日が日曜日だったため自宅で休んでいたか、もしくは外出して部隊にいなかったというのだ。
ある将校は同僚の家で寝ている時、砲声が聞こえて驚いて部隊に向かう途中で捕虜になったと話した。指揮官不在の部隊がどうやって戦闘を行えるというのか。戦線付近に居住していた住民たちもそろって、早朝ににわかに鳴り出した北朝鮮軍の砲声を聞いて戦争が始まったことを知ったと語った。
38度線をこれといった抵抗を受けず突破、進撃した北朝鮮軍は戦争開始からわずか3日でソウルを占領した。当時、北朝鮮の武力は韓国に比べて数量や質において数倍も優位に立っていた。韓国にはない機械化師団である105号戦車師団を持っていた。105号戦車師団が歩兵と共にソウルにまで南下した時、韓国軍の歩兵らは歩銃(小銃)で対抗した。戦車を生まれて初めて目にした彼らは歩銃で戦車を撃破できると勘違いしていたそうだ。
停戦後、北朝鮮は韓国戦争の挑発に関連した真相が次第に明るみになるや、新しい理論を次々と展開した。戦争は誰が先に挑発したのかではなく、どの階級が行ったのかで規定されるべきとの理論を打ち立て、労働階級が政権を握っている国で行う戦争は、その手法と方法を問わず正義の戦争と主張した。北朝鮮は参戦した軍人の口から口に広まる韓国への侵入の事実をこうやってあやふやにした。
金ドイル(76)さんは北朝鮮軍報「朝鮮人民軍」記者を務め、2000年に北朝鮮を脱出して韓国に居住している。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/06/25/20020625000062.html
これは メッセージ 1801 (honto_gou さん)への返信です.
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