朝鮮戦争1
投稿者: matikadono_fukurou 投稿日時: 2004/10/22 23:27 投稿番号: [1793 / 7270]
朝鮮戦争の歴史は、大きく4つの流れに分類できます。
1) 緒戦から釜山橋頭堡の戦い
2) 仁川上陸から北朝鮮領への追撃戦
3) 中共軍参戦から南部への撤退
4) 38度戦の攻防
それぞれについて簡単に解説します。
緒戦から釜山橋頭堡の戦い(1950/6/25から1950/9/5)
1950/6/25に北朝鮮軍は奇襲攻撃をおこない38度線を突破し韓国国内に雪崩れ込んできました。
北朝鮮軍の快進撃はすさまじく、6/28には首都ソウルが陥落・7/2、7/18には米軍師団の阻止線を相次いで破り、8/5までに韓国軍・米軍を釜山近辺の約90km四方に追い込んでしまいました。
開戦当時の北朝鮮軍は兵力約10万にたいし韓国軍は約8万人であり兵力差はそれほど多くはありませんでした。
むしろ韓国にはアメリカ軍が存在していたため、兵力でも戦力でも北朝鮮軍が劣勢でした。
北朝鮮軍が快進撃できたのは、
1) 奇襲による主導権確保
2) 韓国国内の政治的混乱による韓国軍の戦意・練度の低さ
3) 韓国軍は劣悪な武器しかなかった
* 米軍が最新武器を供与して教育した韓国陸軍の精鋭部隊が、韓国国内の政争により、優秀な武器を持ったまま丸ごと北朝鮮に亡命する事件が起こり、米軍は韓国軍不信に陥っていた
4) 米軍は、北朝鮮軍を著しく過小評価していた
5) 北朝鮮軍はソ連から多くの優秀な武器(T34・火力兵器)を供給されていた
6) 北朝鮮軍の戦意の高さ・錬度の高さ
によるものです。
特に米軍の北朝鮮軍過小評価は致命的で、兵力の逐次投入を繰り返し大損害を出しつづけます。
アメリカ第8軍司令官ウオカー中将は配下の部隊に死守命令をだし防戦しますが、北朝鮮軍に片端から蹂躪されていきます(アメリカ軍第24師団長は、最期は自らバズーカを抱えてT34と渡り合っています)。
7月後半には米軍は韓国南部の防衛を諦め、残骸と化した部隊を全て釜山地区に集め、約90k四方の陣地に立てこもります。
8/10、この陣地に北朝鮮軍が襲いかかります。約1ヶ月に渡る釜山橋頭堡の戦いの始まりです。
北朝鮮軍はこの戦いに勝ち米軍を海に追い落とせば、朝鮮半島を全て手中におさめることがでるため、まさに全軍を磨り潰してもかまわないと死力をつくして攻めたてます。が、米軍が築いた堅陣を抜くことができず、文字通り兵力を磨り潰してしまいした。
米軍が防衛に成功したのは、日本の存在です。
日本各地から補給物資(毎日北朝鮮軍が受け取る10倍以上の物資)をかき集め釜山に流し込みました。
また、不沈空母と化した日本の各地飛行場から米軍機が数百基単位で絨毯爆撃を連日繰り返し、海岸線には米海軍の艦砲射撃により橋頭堡を守りとおします。
9/5、北朝鮮軍は橋頭堡に最期の突撃をおこないます。その兵力は僅か1000名。北朝鮮による祖国統一の夢は、釜山近郊に潰えました。
1) 緒戦から釜山橋頭堡の戦い
2) 仁川上陸から北朝鮮領への追撃戦
3) 中共軍参戦から南部への撤退
4) 38度戦の攻防
それぞれについて簡単に解説します。
緒戦から釜山橋頭堡の戦い(1950/6/25から1950/9/5)
1950/6/25に北朝鮮軍は奇襲攻撃をおこない38度線を突破し韓国国内に雪崩れ込んできました。
北朝鮮軍の快進撃はすさまじく、6/28には首都ソウルが陥落・7/2、7/18には米軍師団の阻止線を相次いで破り、8/5までに韓国軍・米軍を釜山近辺の約90km四方に追い込んでしまいました。
開戦当時の北朝鮮軍は兵力約10万にたいし韓国軍は約8万人であり兵力差はそれほど多くはありませんでした。
むしろ韓国にはアメリカ軍が存在していたため、兵力でも戦力でも北朝鮮軍が劣勢でした。
北朝鮮軍が快進撃できたのは、
1) 奇襲による主導権確保
2) 韓国国内の政治的混乱による韓国軍の戦意・練度の低さ
3) 韓国軍は劣悪な武器しかなかった
* 米軍が最新武器を供与して教育した韓国陸軍の精鋭部隊が、韓国国内の政争により、優秀な武器を持ったまま丸ごと北朝鮮に亡命する事件が起こり、米軍は韓国軍不信に陥っていた
4) 米軍は、北朝鮮軍を著しく過小評価していた
5) 北朝鮮軍はソ連から多くの優秀な武器(T34・火力兵器)を供給されていた
6) 北朝鮮軍の戦意の高さ・錬度の高さ
によるものです。
特に米軍の北朝鮮軍過小評価は致命的で、兵力の逐次投入を繰り返し大損害を出しつづけます。
アメリカ第8軍司令官ウオカー中将は配下の部隊に死守命令をだし防戦しますが、北朝鮮軍に片端から蹂躪されていきます(アメリカ軍第24師団長は、最期は自らバズーカを抱えてT34と渡り合っています)。
7月後半には米軍は韓国南部の防衛を諦め、残骸と化した部隊を全て釜山地区に集め、約90k四方の陣地に立てこもります。
8/10、この陣地に北朝鮮軍が襲いかかります。約1ヶ月に渡る釜山橋頭堡の戦いの始まりです。
北朝鮮軍はこの戦いに勝ち米軍を海に追い落とせば、朝鮮半島を全て手中におさめることがでるため、まさに全軍を磨り潰してもかまわないと死力をつくして攻めたてます。が、米軍が築いた堅陣を抜くことができず、文字通り兵力を磨り潰してしまいした。
米軍が防衛に成功したのは、日本の存在です。
日本各地から補給物資(毎日北朝鮮軍が受け取る10倍以上の物資)をかき集め釜山に流し込みました。
また、不沈空母と化した日本の各地飛行場から米軍機が数百基単位で絨毯爆撃を連日繰り返し、海岸線には米海軍の艦砲射撃により橋頭堡を守りとおします。
9/5、北朝鮮軍は橋頭堡に最期の突撃をおこないます。その兵力は僅か1000名。北朝鮮による祖国統一の夢は、釜山近郊に潰えました。
これは メッセージ 1792 (matikadono_fukurou さん)への返信です.
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