本宮イズムの洗礼・・・その1
投稿者: honto_gou 投稿日時: 2004/10/08 09:53 投稿番号: [1716 / 7270]
珍しくこのトピで少しばかり色々な人のお話を頂いたので・・・
個別にレスということではなく、まとめて、本宮氏について書かせてもらいます。
本宮氏については少し前の投稿で書きましたが、「男一匹〜」と出会ったのは昭和45年頃でした。当時少年ジャンプに連載中でありまして、既に連載開始から二年ほど経っていたので、週刊誌を読みつつ単行本で最初の頃をフォローしていき、45年のあたりからリアルタイムでのめり込んでいきました。
当時なけなしの小遣をはたいて買った手垢にまみれたボロボロになった単行本が今でも書架にあります。懐かしくもあり、ある熱い思いが今でも甦ってくる気がします。良くも悪くもこの年になってからでもこの作品から受けた影響の大きさに、驚く時があります。
それで、本気になってこの時代のことを書き出すと際限がなくなりそうなので、かなり話をはしょりますが・・・
まず、氏は1947年(昭和22)生れ、所謂団塊の世代であります。私からみれば、一回り近く年の離れた兄貴のような年齢です。氏が中学卒業後、航空自衛隊に入隊していたことはつとに有名です。
さて、この当時の作品を今の目で評価するとは極めて難しいと思います。まず、当時の時代背景、そして何よりも肝心なのは、送り手と受け手が何によってシンパシィが保たれていたかを知ることが困難だからです。これが分からないといくら口で説明しても分かってはもらえますまい。当時の年齢で、加えて当時の感性でなければ分からないことがあるというのは自明でありましょう。ゆえにそれを承知で説明をこころみるというのは極めて徒労に終わる危険もありますが・・・
当時の氏はいまよりは遥に引き出しの少ない状態の中で試行錯誤を繰り返しながら作品を書いていた思います。ただ、当時はそのようなことは知る由もなく、極めて分かりやすく単純な、「ベタ」な話に夢中になっていたのであります。
しかし、引出しの少ない分、極めて氏の情念と申しましょうか、漫画家としての本質が凝縮されたものを放出していたのではないかと思います。小手先のテクニックや資料による精緻な検証もありません。粗野で乱暴で荒唐無稽と言えるその作品のなかにこそ氏の原点があると思っています。
ひとつだけ具体的な話をします。
「男一匹〜」の中で、いちばん当時感に入ったのは「暴走列車を止めろ」の下りであります。今、この作品を読んだことのない人がここだけを抜き出して読んでも当時の私が受けた「思い」は理解してもらえないでしょう。先にも申しましたが、きわめて「ベタ」な話でありますし、ある意味偽善ととられかねない話であります。
しかし、何にいちばん感じ入ったのかというと、迷いを振り切って救助に邁進する万吉ではなく、それを見た敵である山崎が「しゃらくせ〜」といいながら、命をかけて共に人柱になる処であります。私はここに本宮ひろ志の「美学」をみたような思いがあるのです。
今でも、当時受けた思いは私の中にそれなりに根ざして生きていると思います。加えていうなら、この作品にこの時代に、あの年齢で出会えた事は僥倖であったと思います。
・・・
個別にレスということではなく、まとめて、本宮氏について書かせてもらいます。
本宮氏については少し前の投稿で書きましたが、「男一匹〜」と出会ったのは昭和45年頃でした。当時少年ジャンプに連載中でありまして、既に連載開始から二年ほど経っていたので、週刊誌を読みつつ単行本で最初の頃をフォローしていき、45年のあたりからリアルタイムでのめり込んでいきました。
当時なけなしの小遣をはたいて買った手垢にまみれたボロボロになった単行本が今でも書架にあります。懐かしくもあり、ある熱い思いが今でも甦ってくる気がします。良くも悪くもこの年になってからでもこの作品から受けた影響の大きさに、驚く時があります。
それで、本気になってこの時代のことを書き出すと際限がなくなりそうなので、かなり話をはしょりますが・・・
まず、氏は1947年(昭和22)生れ、所謂団塊の世代であります。私からみれば、一回り近く年の離れた兄貴のような年齢です。氏が中学卒業後、航空自衛隊に入隊していたことはつとに有名です。
さて、この当時の作品を今の目で評価するとは極めて難しいと思います。まず、当時の時代背景、そして何よりも肝心なのは、送り手と受け手が何によってシンパシィが保たれていたかを知ることが困難だからです。これが分からないといくら口で説明しても分かってはもらえますまい。当時の年齢で、加えて当時の感性でなければ分からないことがあるというのは自明でありましょう。ゆえにそれを承知で説明をこころみるというのは極めて徒労に終わる危険もありますが・・・
当時の氏はいまよりは遥に引き出しの少ない状態の中で試行錯誤を繰り返しながら作品を書いていた思います。ただ、当時はそのようなことは知る由もなく、極めて分かりやすく単純な、「ベタ」な話に夢中になっていたのであります。
しかし、引出しの少ない分、極めて氏の情念と申しましょうか、漫画家としての本質が凝縮されたものを放出していたのではないかと思います。小手先のテクニックや資料による精緻な検証もありません。粗野で乱暴で荒唐無稽と言えるその作品のなかにこそ氏の原点があると思っています。
ひとつだけ具体的な話をします。
「男一匹〜」の中で、いちばん当時感に入ったのは「暴走列車を止めろ」の下りであります。今、この作品を読んだことのない人がここだけを抜き出して読んでも当時の私が受けた「思い」は理解してもらえないでしょう。先にも申しましたが、きわめて「ベタ」な話でありますし、ある意味偽善ととられかねない話であります。
しかし、何にいちばん感じ入ったのかというと、迷いを振り切って救助に邁進する万吉ではなく、それを見た敵である山崎が「しゃらくせ〜」といいながら、命をかけて共に人柱になる処であります。私はここに本宮ひろ志の「美学」をみたような思いがあるのです。
今でも、当時受けた思いは私の中にそれなりに根ざして生きていると思います。加えていうなら、この作品にこの時代に、あの年齢で出会えた事は僥倖であったと思います。
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これは メッセージ 1 (yusura_sdhk さん)への返信です.
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