え〜と、え〜と・・・
投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/09/03 02:41 投稿番号: [1622 / 7270]
うまくまとまらない・・・(´・ω・`)
話がずれてしますかもしれませんが、御容赦下さい。
>例えば、この当時なら近親や知り合いが召集されたとか戦死したなんて話もあちこちにあったはずですよね。
国民の三大義務は「納税・選挙(投票だったかな)・徴兵」とあったと記憶してます。
で、明治政府以降最初の「負け戦」がこの前の戦争な訳で・・・、
「今回の戦は(今までと)違う」と実感として人々が思い始めた時期に、
地域差(町と村とかで)があったんじゃなかろうか〜
いえね、ただ「どうだったんだろうなぁ」と思っただけなんですけど、
学業なかばで出征して行く知人が大勢いた中高等教育を受けられる環境に近かった人にとってと
中学進学が少数派の環境にいる人にとっての召集では受け止め方が違っていたと思います。
戦前か戦中の兵隊からの聞書きを集めた中の(TVの高校講座でちらっと聞いただけですが)
「軍隊ほど良い所はありません。三度、三度飯食わせてもらえて、
夜になったら寝かせてもらって、朝は明るくなるまで寝させてもらえる〜」
ここだけやけに印象に残っています。メディアでは「軍隊はひどい所」ってイメージが強かった気がしてたもので。
昔のどこか(東北かな?)農山村での生活の厳しさと軍隊生活のどちらが大変だったか・・
で、軍隊で給料も出て勉強もさせてもらえて(経理とか、資格もとれたとか・・今の自衛隊みたいだ)
あ!「のらくろ」読むとわかりそうだ。タガワスイホウでしたっけ?手に入るんだろうかな?
どうも、脈絡のない文で、すみません。
えーと、それでですね。明治以来、内実はともあれ「勝ち戦」が続いていたわけですから、
「出世のチャンス」って感覚もあったんじゃないでしょうか「秀吉」とか「武蔵」とか(ちょっと違うかな?)
>でね、食糧事情は大きいですね。
生活の「変わり方の度合」って大きいと思います。
カフェやダンスホールがあって、握りがいつでも食えてたのに、街ゆく女性は「もんぺ」姿、
その上「雑炊〜」に「行列」となったら、「違う戦」の切迫感は、目にも腹にもひしひしひし・・
で、はじめからカフェも握りも縁がない地域はそういう切迫感はないですし、
都会からの「買出し」のお陰で逆に以前より経済的に良くなった地域とか・・・
>そういえば、飛行機から地上に対して機銃掃射をしてきたら、飛行機に向って逃げろと教えられた・・・
そうなんですか、なんぞの時(そんなの御免ですが)の参考によく憶えておきます。
半島じゃありませんが、軍事教練も学校によって色々だったようです。
教官曰く「おまえたちは、死んではならん!」で、弾にあたらない前進の訓練やってた(東京市内)と聞きました。
>これ岩波の年表に出てないですね
数年前かもう少し前に新聞で読んでびっくりしたです。
逮捕された実行犯二人の内の一人が裁判所かどこかへ護送中に逃走して捕まらなかった事から、
裁判所の審理かなんかの「手続き」が捕まるまで「延期」になり、
そのままずっと「引継事項」だったのを「打切り」にしたとの小さい記事でした。
理由は、逃走者の年齢からもう見つからないとの判断から打切ったというものでした。
裁判所の手続って几帳面だなぁ(司法の大本が大雑把じゃ困るけど・・)
大臣も犯人も名前が載ってたんですが、忘却の彼方でございます(苦笑)
話がずれてしますかもしれませんが、御容赦下さい。
>例えば、この当時なら近親や知り合いが召集されたとか戦死したなんて話もあちこちにあったはずですよね。
国民の三大義務は「納税・選挙(投票だったかな)・徴兵」とあったと記憶してます。
で、明治政府以降最初の「負け戦」がこの前の戦争な訳で・・・、
「今回の戦は(今までと)違う」と実感として人々が思い始めた時期に、
地域差(町と村とかで)があったんじゃなかろうか〜
いえね、ただ「どうだったんだろうなぁ」と思っただけなんですけど、
学業なかばで出征して行く知人が大勢いた中高等教育を受けられる環境に近かった人にとってと
中学進学が少数派の環境にいる人にとっての召集では受け止め方が違っていたと思います。
戦前か戦中の兵隊からの聞書きを集めた中の(TVの高校講座でちらっと聞いただけですが)
「軍隊ほど良い所はありません。三度、三度飯食わせてもらえて、
夜になったら寝かせてもらって、朝は明るくなるまで寝させてもらえる〜」
ここだけやけに印象に残っています。メディアでは「軍隊はひどい所」ってイメージが強かった気がしてたもので。
昔のどこか(東北かな?)農山村での生活の厳しさと軍隊生活のどちらが大変だったか・・
で、軍隊で給料も出て勉強もさせてもらえて(経理とか、資格もとれたとか・・今の自衛隊みたいだ)
あ!「のらくろ」読むとわかりそうだ。タガワスイホウでしたっけ?手に入るんだろうかな?
どうも、脈絡のない文で、すみません。
えーと、それでですね。明治以来、内実はともあれ「勝ち戦」が続いていたわけですから、
「出世のチャンス」って感覚もあったんじゃないでしょうか「秀吉」とか「武蔵」とか(ちょっと違うかな?)
>でね、食糧事情は大きいですね。
生活の「変わり方の度合」って大きいと思います。
カフェやダンスホールがあって、握りがいつでも食えてたのに、街ゆく女性は「もんぺ」姿、
その上「雑炊〜」に「行列」となったら、「違う戦」の切迫感は、目にも腹にもひしひしひし・・
で、はじめからカフェも握りも縁がない地域はそういう切迫感はないですし、
都会からの「買出し」のお陰で逆に以前より経済的に良くなった地域とか・・・
>そういえば、飛行機から地上に対して機銃掃射をしてきたら、飛行機に向って逃げろと教えられた・・・
そうなんですか、なんぞの時(そんなの御免ですが)の参考によく憶えておきます。
半島じゃありませんが、軍事教練も学校によって色々だったようです。
教官曰く「おまえたちは、死んではならん!」で、弾にあたらない前進の訓練やってた(東京市内)と聞きました。
>これ岩波の年表に出てないですね
数年前かもう少し前に新聞で読んでびっくりしたです。
逮捕された実行犯二人の内の一人が裁判所かどこかへ護送中に逃走して捕まらなかった事から、
裁判所の審理かなんかの「手続き」が捕まるまで「延期」になり、
そのままずっと「引継事項」だったのを「打切り」にしたとの小さい記事でした。
理由は、逃走者の年齢からもう見つからないとの判断から打切ったというものでした。
裁判所の手続って几帳面だなぁ(司法の大本が大雑把じゃ困るけど・・)
大臣も犯人も名前が載ってたんですが、忘却の彼方でございます(苦笑)
これは メッセージ 1616 (tell_me_honto_gou_2004 さん)への返信です.
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