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>炭坑内に火が出た時に〜

投稿者: usagigamemaimai 投稿日時: 2004/07/13 01:48 投稿番号: [1433 / 7270]
>私はこういう技術上の方面の事はいっこう知りませぬから、どういう場合にどうするという事を、
>一概に断定することは出来ませぬけれども、なんでも坑内で火が出た時には、
  坑の口を塞ぐと損害が軽く済むのだそうです。

  本当に技術上の事をご存知ない方だったようですね。

  ――開ける開けないの問題は別問題でありますけれども――

  とことわり書きはついてましが、この文を読んだ人のがここに気付いたかどうか。

>いやしくも人間がその坑内に入って居る以上は、
  鉱山よりも人間が大切だという、感情の自ら出る
  ようにして置くことが必要であると思う。

  坑口開けるのが正しいように読取る人が多く出そうな書き方です。
  「利益優先、人命軽視!の企業を〜」「(糾弾!糾弾!)エイエイオー!」ってなとこでしょうか・・・

  ↓ヤマがなくなれば働く場がなくなる、ヤマを残す為には・・・つらいですよね。
   

http://japan.co.jp/~masutani/hokutan1_2-6.html

______________________________________

  〜略〜
  事故直後、本社社会部の同僚記者が夕張の現場に宿をとっての長期戦の取材態勢が取られた。
坑内の火勢は依然強く、その日、救助に向かったヤマの仲間も二次災害に巻き込まれ、救助活
動の続行は止むなく中止となった。坑口の詰め所では坑内に閉じこめられた人たちの家族が集まり、
会社側の説明が遅いことや救助作業が思うように進まないことへの苛立ちから、罵声が飛び交った。
 
会社はある重大な決定を下さなければならなかった。ヤマを残すためには火災現場に大量の水を入
れて鎮火させ、その後の採炭開始に備えなければ、ヤマも死ぬということだった。数日後、当時の
北炭社長で北炭夕張炭鉱の社長も兼任していた林千明氏はマイクを握り締め、涙を浮かべながら
踏み台の上に立った。依然、行方不明になっている四十四人の家族を前に注水の了承を求めたのだ。
 
注水を認めれば、遺体は二度と戻ってこない。注水後坑内火災を止めるため坑口は閉じられ、
酸素の供給も止められる。もし、中で生き延びていたとしてもそれは死を意味する。しかし、
生存の確認は困難だった。
 
ヤマの男達はこの日が来ることを一番恐れていた。十月二十三日、遺族やヤマの仲間の怒号のなか、
注水が始まった。その後、同年十二月七日、万策つきた林社長は手首を切って自殺を図った。
一命をとりとめたものの人知れず社を去って行った。
 
〜略〜
______________________________________

 
  年のせいか、近頃涙腺がゆるくなりました

  こういう決断をしなければならない立場(地位)の人は今もいるでしょうが、
  地位への自覚(覚悟)は忘れて欲しくないものです。

  地位とは無縁の私ですが、文句だけたれてる「市民屋さん」にはなりたくないなぁ
 
  それにつけても、投票率の低さよ・・・
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