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台湾経営をめぐる植民地論争

投稿者: tell_me_honto_gou 投稿日時: 2004/05/22 07:59 投稿番号: [1150 / 7270]
黄文雄 > 日本の植民地の真実 >「日本三大植民地」という妄説
 
植民地か新領土かをめぐる論争
台湾経営をめぐる植民地論争

  日清戦争後の下関条約で、日本は清国から台湾を永久割譲された。その直後から、日本の朝野では、新しい領土をどう経営していくか、そして台湾を「植民地」として見るかどうかで意見が分かれた。

明治憲法に「領土変更」についての明文規定はなく、政府内部でさえ意見は激しくニ分していた。第2次伊藤博文内閣は、下関条約締結直後の1895年6月、台湾統治制度を研究するための機関「台湾事務局」(事務局長は伊藤)を内閣に設立したが、そこでも台湾統治をめぐって意見が分かれた。たとえば、勅令台湾総督府条例を制定する際、総督は現役武官に限るかどうかが問題となった。これに賛成したのは、事務局委員8人のうち川上操六(参謀本部次長)、児玉源太郎(陸軍次官)、末松兼澄(法制局長官、伊藤博文の女婿)、田尻稲次郎(大蔵次官)の4人である。

一方原敬(外務省通産局長)、田健次郎(通信省通信局長)、伊藤巳代治(内閣書記官長)、山本権兵衛(海軍次官)の4人は、フランス式植民地経営方式の同化主義を支持し、台湾総督も内地の行政官並みの文官にすべきであると主張した。

当時、明治政府のアドバイザーとして大きな影響力を与えていた、司法省のイギリス人顧問モンテーグ・カークウッドとフランス人顧問のミッェル・ルボンは、台湾経営について全く異なる意見を出していた。カークウッドは香港とインドにおける現地中心の非同化政策をモデルとして提示し、他方ルボンはフランス植民地のアルジェリアを実例に挙げ、内地の延長として新領地を州県と考える同化政策を採るべきだと主張している。

http://the.data-room.info/940_bunken/301_kobunyu/01_shinjitsu/01/016.htm
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