「Natural Womanの会」へのご参加を!
投稿者: korea_japan_bridge 投稿日時: 2009/05/14 00:03 投稿番号: [203 / 262]
これから数回に渡って韓国旅行印象記を書いて行きます。
私は昨日、韓国女性の化粧の仕方について述べました。
すなわち、とても自然であると言う事。
自然な髪、自然な眉、自然な肌をとても大切していると言う事。
これは何に由来しているのでしょう。
私がずばり指摘しましよう。
それは儒教とキリスト教に由来していると。
「身体髪膚、これを父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり。」(孝経)
「婦人はつつましい身なりをし、慎みと貞淑をもって身を飾るべきであり、髪を編んだり、金や真珠や高価な着物を身に着けたりしてはなりません。むしろ善い業で身を飾るのが、神を敬うと公言する婦人に相応しいことです。」(新約聖書)
私は今回中央国立博物館を訪れました。
そこで知ったのです。
韓国のバックボーンは、仏教ではなく、儒教である事を。
朝鮮王朝時代には仏教は弾圧を受け、儒教がその中心の教えてあった事が。
これで韓国に古刹が無い事が良く分かりました。
儒教と仏教とどちらが民を引き締めるか。
当然に儒教です。
ある意味では、儒教は一挙手一投足までをも拘束します。
この儒教の教えは、朝鮮王朝が終わり、日本の統治時代になっても、それほど影響を受けなかったと思います。
そして、戦後、現代と、この儒教の教えは、韓国の人々の心の中に、脈々と生き続けているのです。
さて、もう一つの宗教、キリスト教。
私は今回も釜山ソウル間を、新幹線を利用しました。
私がここで何時も思うのは、キリスト教会の多さです。
多分日本の小学校区内に五つ位はあると思います。
日本の小学校区内にお寺が五つ位あるのと全く同じイメージだと思います。
韓国の人々の中心にあるのは儒教ですが、
これを飾っているのがキリスト教なのです。
韓国の人々の心の中は、この二つの宗教で清められているのです。
さて、日本を御覧なさい。
日本に宗教心がありますか。
日本のお寺はお葬式だけのもの!それに異を唱える人はいませんよね。
日本の女性が自然にあれ程までに、自然に反してお化粧を出来るのは、この宗教心の無さから来ているのです。
日本人は自然に反する事を平気で遣れる民なのです。
日本人は人と言う自然をも物として平気で扱う事の出来る民なのです。
私はホテル居る時は必ずテレビを見ます。
そしてチャンネルを次から次に回します。
今回も勿論チャンネルを回し続けました。
今回そのチャンネルの中にアダルトの番組が二つありました。
一つは韓国のそれであり、一つは日本のそれでした。
そして私は愕然としました。
日本のそれは、女性を物としてしか扱っていないのです。
それに反して、韓国のそれは、ラブストーリーの中の一場面として描いているのです。
女性を大切にいとおしく思う想いが伝わって来るのです。
若い女性を例に取って、
恋の問題を取り上げましょう。
韓国ソウルでは、カップルが一杯います。
しかしそれは日本のそれとは違います。
彼らは真剣です。
その先に結婚がありますから。
日本は違います。
男性も、女性も。
男性はマスコミ煽られています。
そして女性も。そして女性は本能までをも。
「恋を楽しむ」
女性をターゲットにその様なフレーズがマスコミから絶えず流れて来ます。
その意味する所は何か。
髪を染め、眉を剃り眉を描く、
これは自然を糊塗する行為、
美しき自然の魂を糊塗し、
「恋を楽しむ」都会の淫婦を演出するもの
「恋を楽しむ」と言う言葉など、
美しき魂には有り得ない言葉。
結果として恋愛はあるかもしれないが、
それは「愛」でなければならない。
「愛」とは何か、
男女の愛とは何か、
日本人は韓国人に学ばなければならない。
2000字を超えたので「「Natural Womanの会」へのご参加を! その2」に続きます。
私は昨日、韓国女性の化粧の仕方について述べました。
すなわち、とても自然であると言う事。
自然な髪、自然な眉、自然な肌をとても大切していると言う事。
これは何に由来しているのでしょう。
私がずばり指摘しましよう。
それは儒教とキリスト教に由来していると。
「身体髪膚、これを父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり。」(孝経)
「婦人はつつましい身なりをし、慎みと貞淑をもって身を飾るべきであり、髪を編んだり、金や真珠や高価な着物を身に着けたりしてはなりません。むしろ善い業で身を飾るのが、神を敬うと公言する婦人に相応しいことです。」(新約聖書)
私は今回中央国立博物館を訪れました。
そこで知ったのです。
韓国のバックボーンは、仏教ではなく、儒教である事を。
朝鮮王朝時代には仏教は弾圧を受け、儒教がその中心の教えてあった事が。
これで韓国に古刹が無い事が良く分かりました。
儒教と仏教とどちらが民を引き締めるか。
当然に儒教です。
ある意味では、儒教は一挙手一投足までをも拘束します。
この儒教の教えは、朝鮮王朝が終わり、日本の統治時代になっても、それほど影響を受けなかったと思います。
そして、戦後、現代と、この儒教の教えは、韓国の人々の心の中に、脈々と生き続けているのです。
さて、もう一つの宗教、キリスト教。
私は今回も釜山ソウル間を、新幹線を利用しました。
私がここで何時も思うのは、キリスト教会の多さです。
多分日本の小学校区内に五つ位はあると思います。
日本の小学校区内にお寺が五つ位あるのと全く同じイメージだと思います。
韓国の人々の中心にあるのは儒教ですが、
これを飾っているのがキリスト教なのです。
韓国の人々の心の中は、この二つの宗教で清められているのです。
さて、日本を御覧なさい。
日本に宗教心がありますか。
日本のお寺はお葬式だけのもの!それに異を唱える人はいませんよね。
日本の女性が自然にあれ程までに、自然に反してお化粧を出来るのは、この宗教心の無さから来ているのです。
日本人は自然に反する事を平気で遣れる民なのです。
日本人は人と言う自然をも物として平気で扱う事の出来る民なのです。
私はホテル居る時は必ずテレビを見ます。
そしてチャンネルを次から次に回します。
今回も勿論チャンネルを回し続けました。
今回そのチャンネルの中にアダルトの番組が二つありました。
一つは韓国のそれであり、一つは日本のそれでした。
そして私は愕然としました。
日本のそれは、女性を物としてしか扱っていないのです。
それに反して、韓国のそれは、ラブストーリーの中の一場面として描いているのです。
女性を大切にいとおしく思う想いが伝わって来るのです。
若い女性を例に取って、
恋の問題を取り上げましょう。
韓国ソウルでは、カップルが一杯います。
しかしそれは日本のそれとは違います。
彼らは真剣です。
その先に結婚がありますから。
日本は違います。
男性も、女性も。
男性はマスコミ煽られています。
そして女性も。そして女性は本能までをも。
「恋を楽しむ」
女性をターゲットにその様なフレーズがマスコミから絶えず流れて来ます。
その意味する所は何か。
髪を染め、眉を剃り眉を描く、
これは自然を糊塗する行為、
美しき自然の魂を糊塗し、
「恋を楽しむ」都会の淫婦を演出するもの
「恋を楽しむ」と言う言葉など、
美しき魂には有り得ない言葉。
結果として恋愛はあるかもしれないが、
それは「愛」でなければならない。
「愛」とは何か、
男女の愛とは何か、
日本人は韓国人に学ばなければならない。
2000字を超えたので「「Natural Womanの会」へのご参加を! その2」に続きます。
これは メッセージ 202 (korea_japan_bridge さん)への返信です.
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