嫌韓、諦韓のこと
投稿者: asagao775 投稿日時: 2001/07/16 05:18 投稿番号: [8268 / 35788]
「私の日韓観」について、私は韓国に対してのいい感情しか書きませんでしたが、
でも、嫌韓をいだく出来事も、もちろんたくさん経験しました。
韓国との関わりが深くなるにつれて、嫌なところもたくさん見ました。
例えば・・・
私は韓国人の学生の中に混じって、大学の授業を受けていましたが、
そこで知り合った友達の一人に、韓国の不幸が日本によってどのように作られたかを
紙に書きながら一生懸命説明されたことがありました。
それから、日本人が韓国人を拷問している等身大の人形が展示されている記念館に行きました。
これを見たらほんとに嫌な、なんとも言えない気持ちになりました。
小学校、中学校、高校の社会の教科書の内容も、反日感情というものが
すごく感じられるもので、正直、読んで気持ちのいいものではありませんでした。
>もし君が、
>いつまでも、親韓でいたいのなら、韓国との付き合いもある程度にしておいた方がいいだろう。
>逆に、深く知れば知る程、やがて君自身にも、嫌韓になる時が来ることを覚悟しなければならない。
>それでも、諦めず、初心を貫くなら、やがて諦韓の時期を迎えるでしょう。
Baka chさんや lolloさんの言う通り、やはり韓国のことをたくさん知って、
そして「嫌」になるというのは事実だと思います。
そして「諦」に、なることもあると思います。
でも、「嫌」、「諦」になるのは、「相手が‘韓国’という国だから」、
ということのせいではないと思います。
「深く知ったから」、「関わりが深い国だから」だと思います。
「深く知ったから」、「嫌」になり、そして「諦」にもなってしまったりする。
それは、普段の人間関係でも言えることだと思います。
相手のことをそんなに知らない内は、特になんといった感情を持っていなくても、
色々な関わり合いがあると、相手の嫌な面が見えてくる。
そして、そういった人間関係の中でも、「諦」は起こったりしますよね。
韓国を知って、嫌韓の気持ちになったりするのは、「知る」という行為によって、
当然起こりうる、自然なことだと思います。
ただ、韓国で嫌な思いをさせられる面があっても、嫌な思いしかさせられていない
ということはないと思います。
嫌な思いをさせられたこともあるし、でも、助けてもらったこともある。
韓国人の中に、日本が嫌いな人は大勢いるとおもいますが、日本に好意を持ってくれている人もいる。
そういった相反する面と、どう対応するか。
「嫌」のみを強調して、その他のことは忘れて、否定して、「諦」にいたるか。
それとも、相反する面を認めながら、お互い関わりあっていくか。
別に、どっちが正しいとかそういう風には考えてませんが。
分かりにくい文章だったらごめんなさい。
またきます。
でも、嫌韓をいだく出来事も、もちろんたくさん経験しました。
韓国との関わりが深くなるにつれて、嫌なところもたくさん見ました。
例えば・・・
私は韓国人の学生の中に混じって、大学の授業を受けていましたが、
そこで知り合った友達の一人に、韓国の不幸が日本によってどのように作られたかを
紙に書きながら一生懸命説明されたことがありました。
それから、日本人が韓国人を拷問している等身大の人形が展示されている記念館に行きました。
これを見たらほんとに嫌な、なんとも言えない気持ちになりました。
小学校、中学校、高校の社会の教科書の内容も、反日感情というものが
すごく感じられるもので、正直、読んで気持ちのいいものではありませんでした。
>もし君が、
>いつまでも、親韓でいたいのなら、韓国との付き合いもある程度にしておいた方がいいだろう。
>逆に、深く知れば知る程、やがて君自身にも、嫌韓になる時が来ることを覚悟しなければならない。
>それでも、諦めず、初心を貫くなら、やがて諦韓の時期を迎えるでしょう。
Baka chさんや lolloさんの言う通り、やはり韓国のことをたくさん知って、
そして「嫌」になるというのは事実だと思います。
そして「諦」に、なることもあると思います。
でも、「嫌」、「諦」になるのは、「相手が‘韓国’という国だから」、
ということのせいではないと思います。
「深く知ったから」、「関わりが深い国だから」だと思います。
「深く知ったから」、「嫌」になり、そして「諦」にもなってしまったりする。
それは、普段の人間関係でも言えることだと思います。
相手のことをそんなに知らない内は、特になんといった感情を持っていなくても、
色々な関わり合いがあると、相手の嫌な面が見えてくる。
そして、そういった人間関係の中でも、「諦」は起こったりしますよね。
韓国を知って、嫌韓の気持ちになったりするのは、「知る」という行為によって、
当然起こりうる、自然なことだと思います。
ただ、韓国で嫌な思いをさせられる面があっても、嫌な思いしかさせられていない
ということはないと思います。
嫌な思いをさせられたこともあるし、でも、助けてもらったこともある。
韓国人の中に、日本が嫌いな人は大勢いるとおもいますが、日本に好意を持ってくれている人もいる。
そういった相反する面と、どう対応するか。
「嫌」のみを強調して、その他のことは忘れて、否定して、「諦」にいたるか。
それとも、相反する面を認めながら、お互い関わりあっていくか。
別に、どっちが正しいとかそういう風には考えてませんが。
分かりにくい文章だったらごめんなさい。
またきます。
これは メッセージ 8260 (lollollolload さん)への返信です.