朝鮮出身の陸軍将校
投稿者: yakuruto1 投稿日時: 2001/05/30 00:23 投稿番号: [5125 / 35788]
明治29年1月
韓国陸軍の尉官または生徒相当の11名が陸士(8期相当)の特別課程に入学した。
その後、明治年間に数名が入学し、卒業後は韓国陸軍将校として任官した。
明治43年の日韓併合により、日本陸軍に準じその官位、階級、任免
等は
当面韓国の規定にそのままよるものとされた。
大正9年
4月勅令118号により、旧韓国軍人(朝鮮軍人)のうち将校を帝国陸軍将校に任用、
39名がその適用をうけた。そのうち11名が留学生出身者であった。
明治40年
9月
韓国軍廃止により当時の韓国武官生徒等が陸士予科に編入され、
陸士本科卒業後は帝国陸軍軍人として処遇され将校に任官された。
その後は、内地出身者と同一の試験に合格して入校していった。
魚
潭中将(11)
洪
思翊中将(26)
はじめ将官まで昇進した者もあり、
その多くが終戦後の独立韓国軍の将校として任じられ、
韓国国防相や参謀総長まで輩出した。
陸士内部はもちろん軍内部においても
朝鮮人であるがゆえの差別待遇はなかった。
むしろそれは、「陸士生徒として最も恥ずべき行為である」とする風潮が強く、
厳正なる軍紀にてらし、同じ「帝国臣民」として処遇された。
また朝鮮出身者の多くも国防献金その他、銃後に戦線に献身的であったという。
しかし、地方(一般民間社会)の空気の残る下級兵士の中には、
朝鮮人将校を軽視する傾向があったことは否定できない。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2687/jinjiotu/jinji01.html
これは メッセージ 1 (kim20OO さん)への返信です.
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