なぜ日本人は、嫌われるのか?

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>インドネシア独立に命を懸けた・・・

投稿者: shinkuuboakagi 投稿日時: 2001/04/27 22:34 投稿番号: [3656 / 35788]
>暴徒に銃殺された日本人のなかには、「インドネシアの独立に栄光あれ」と自らの血糊で壁に書き残した人もおり、現地人に多大の感銘を与えて、今も記念として残されているという。[4,p290]

補足します。この話は何度か書きましたが、できるだけ多くの日本人に知っておいてもらいたいので。

この事件は日本の民間人を巻き込んだ「スマラン」事件としてしられているものです。
インドネシアを再び植民地にするオランダを助けるためにイギリス軍もインドネシアにやってきました。しかし独立を宣言したインドンシア人達はオランダ、イギリスの云うことを聞かず、抵抗運動をはじめました。イギリス軍は戦勝国としての立場で、まだ組織の残っている敗戦日本軍に「インドネシア人」暴徒の強制排除を命じました。日本軍の一部は嫌々ながらも排除を初め、バンドンでインドネシア人と衝突しました(バンドン事件、1945年10月)。

この事件に激高したインドネシア人は各地で民間の日本人狩りをはじめました。中部ジャワのスマランのブル刑務所には150人ほどの民間日本人か捕まって収容されました。やがてインドネシア人達は日本人の虐殺を始めました。

ある部屋では36人の日本人が収容されていましたが、全員が殺されました。救出に駆けつけた日本軍は壁に血で字が書いているのを発見しました。その言葉。

「我ら日本人36人、インドネシア独立のため喜んで死ぬ。インドネシア独立万歳」

これを書いたのは森永乳業現地社員阿部領二氏(山形県鶴岡市出身)、36人の名前が壁に血で書いてあったという。結局この刑務所では150人全員が殺された。

ある人はこれについてこう書いている。

「インドネシア人に銃で撃たれ、死に瀕しながら、なおも愛するインドネシアの独立を願う、この日本人の無償の心情が判らないのでは、それは“貧しい独立”というべきだろう」〔ムルデカに喝采を、菊池秀広)

ついでに紹介。元日本兵がインドネシアの土栗須を助けたことを描いた映画「ムルデカ」のホームページ。

http://www.toho.co.jp/movie-press/merdeka/welcome-j.html
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