沖縄戦と「集団自決」――
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2008/06/14 23:28 投稿番号: [35379 / 35788]
何が起きたか、何を伝えるか
アジア太平洋戦争末期、約3ヶ月にわたって日米両軍が激突し、住民を巻き込みながら凄惨な戦いを繰り広げたのが「沖縄戦」である。米軍は1500隻の艦艇、54万8000人の兵力を投入、日本の守備軍は、青年義勇隊や学徒兵も入れて約11万人であった。日本軍は壕などに潜んで持久戦の戦法をとり、住民と日本軍合わせて20万人以上の犠牲者を出した (「平和の礎」には日米軍民ほか約24万人の犠牲者の名が刻まれている)。
沖縄守備軍(第32軍)の戦争方針は、「軍官民共生共死」。住民も陣地構築や救護などに徴用したほか、戦える者は防衛隊として動員、そうでない者も捕虜になることを決して許さなかった。負傷した兵士らには手榴弾や青酸カリが渡され、自決が強要された。戦場を彷徨する住民は、日本軍から壕を追い出され、食料を奪われ、あるいはスパイ容疑で処刑された。軍は、決して住民を守ることはなかった。
そうした中で起きたのが、住民の「集団自決」である。慶良間列島の渡嘉敷島、座間味島、慶留間島での約600名の他、伊江島、読谷、糸満などで合わせて1000人以上の犠牲者が出た。多くはあらかじめ軍から手渡されていた手榴弾が使われた。女性、子ども、老人の死者が多かった (したがって「自決」ではなく、「強制集団死」といわれる)。
最近見られるのが、これら住民の「集団自決」は、軍の命令によるものではなかった、軍関与はなかったという主張である。小社と大江健三郎氏が被告となっている「沖縄集団自決」裁判(2005年8月〜)も、文部科学省の検定による歴史教科書修正(2007年3月)も、そうした主張を背景になされた。主張の核心は、「自決」は、むしろ住民自らが国に殉ずる「美しい心」で行った、というものである。
沖縄県民は、こうした主張に激しく反発した。それは沖縄戦の体験と記憶、教訓を踏みにじるものだからである。その一つの表れが、9月29日の「教科書検定撤回を求める県民大会」への全県民的な結集である。いま問われているのは、無謀な戦争に人びとを巻き込み、人びとの命を道具のように扱い、残虐に殺し、本土防衛の捨石にした、そのような日本軍の行動を是とするのか否とするのか、ということである。
I
沖縄戦とは何だったか
皇軍と沖縄
安仁屋政昭 (沖縄国際大学名誉教授)
沖縄にとって戦後とは何だったか
比屋根照夫 (琉球大学名誉教授)
<強姦>と<去勢>をめぐる恐怖の系譜――「集団自決」と戦後の接点
北村 毅 (早稲田大学)
http://www.iwanami.co.jp/sekai/2008/ex01/774.html
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