なぜ日本人は、嫌われるのか?

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”PARIS-TOKYO ORIENT EXPRESS”

投稿者: melancholy_night 投稿日時: 2007/05/20 11:48 投稿番号: [34441 / 35788]
>鉄ヲタ(乗り鉄)が、ロンドンまで行けて楽しい………くらい?


かなり昔のことですがオリエント急行を日本まで走らせるイベントがありました。規格の違う路線に入るたびに機関車交換はもちろん軌間が違えば台車を交換し必要なら臨時改造もするという荒業でむりやりパリから東京まで走らせました。鉄ヲタ(JRのことです)の情熱は恐るべきものがあります。





http://www.ne.jp/asahi/mulberry/mt/nioe/nioe1.html
日本にやってきたオリエント急行

1988年9月7日9時35分、史上最長距離を走る列車がパリ・リヨン駅を発車した。その列車の行先は東京。18,000kmもの距離を走って東洋の端まで行ってしまおうという本当のオリエント急行である。

駅のソラリーボードには”PARIS-TOKYO ORIENT EXPRESS”と表示され、復元成った230G型蒸気機関車に牽かれたワゴン・リの青きプリマドンナ達はひたすら東を目指した…

   :

パリを発車した東京行きオリエント急行は途中各国鉄道の好意で、フランスでは230G型、東ドイツでは名機01重連、ポーランドではPt47とTy51の重連、ソビエトではP36型、中国では前進型と代表的蒸気機関車にエスコートされた。ただ、願わくば旧満鉄のパシナ(中国国鉄での型式はSL751)に牽かせてやりたかった。





http://www.ne.jp/asahi/mulberry/mt/nioe/nioe2.html
青きプリマドンナ達

これら「青きプリマドンナ」がJRに与えた影響も大きかったようです。「北斗星」はグレードアップを、さらには「トワイライトエキスプレス」もデビューしました。





http://www.ne.jp/asahi/mulberry/mt/nioe/nioe3.html
来日秘話

日本への道中、各国に保存されていた代表的蒸気機関車に牽かれたオリエント急行だったが、JR東日本ではこれに合わせて上越線後閑駅に保存されていたD51が非常に状態が良く、レストアしてオリエント急行最終運行に間に合わせた。

1988年12月23日夕刻、なつかしい蒸気機関車の匂いが上野駅に漂い、後には青きプリマドンナ達がズラリと連なっていた。沿線は人また人。D51の復活を祝う夢のようなステージだった。D51は大宮で任を終えたが、その後このD51は今でも各地でのイベント運転を行っている。

その二日後、皇室専用機関車(ロイヤル・エンジンともいう)のEF58 61号機に牽かれたオリエント急行は上野駅に到着。すべての国内運行を終えて日本で最初で最後の年越しをすませ、品川からひっそりと下松へ回送された。その後日立笠戸工場で元の姿に復元されて、待っていた仲間と共に船便で直接ヨーロッパに戻っていった。

この年の春にはNIOEとしての運行が再開された。ただし、日本に来たという証はグラット社長の指示でそのままとされていた。それは一旦JRの車両として登録したために、車体の端に型式などを日本語で書いた表示を残したままとなっていたのである。またシベリア用に作った台車を生かしてロシアツアーなども行われたという。しかし…

数年後、イントラフルーク社は倒産した。そして所有していた青きプリマドンナ達の消息は明らかでない。
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