<グローバルアイ>日本人たちの建前と本音
投稿者: japanese_chosun 投稿日時: 2007/04/21 16:03 投稿番号: [34294 / 35788]
イギリス最高の日本通と呼ばれるヒュー・コータッツィ氏(83)が1980年から84年まで駐日大使を務めたとき、口癖のようにした言葉があった。彼は日本の外交官や政治家に会う度に最初の一言を日本語で「私は建前に弱いので本音で話してください」と言って始めたという(著書『日英の間で』)。直説法に慣れた西欧人に日本人の言語駆使方式は息苦しいばかりで「だからどうしたというのか」と歯がゆくなるのが普通だろう。
日本人たちは言葉を選んで話す。人を刺激する言葉はめったに言わない。店が門を閉めたときには「営業終了」ではなく「準備中」とし、気が向かない提案には「断ります」ではなく「検討してみます」と遠まわしに表現する。こうしたものなどが積もり積もって「本音と建前」ができたのだろう。しかしうまく適応さえすれば相手を傷つけないという思いやりとして理解され、心温まることもある。
歴代日本政治リーダーたちの言行も同じだ。小泉純一郎前首相のような例外もあったが、大部分「本音と建前」を巧みに調和させた。
安倍首相は討論で「(慰安婦たちが)横田めぐみさんと同じく拉致された人たちなのに、どうして日韓基本条約を結ぶときに誰もそれに対する話を一言もしなかったのか」「韓国にはキーセン・ハウスがあって、そういうことをたくさんの人たちが日常どんどんやっているわけですね。ですから、それはとんでもない行為ではなくて、かなり生活の中に溶け込んでいるのではないかとすら私は思っている」(312〜313ページ)などといった発言が飛び交った。そんな首相にどう慰安婦問題に対する心からの自省と反省の念を期待できようか。
ただ唯一の期待と言えば首相が「本音」と「建前」にみられる賢明で鋭い分別という、日本の大多数のリーダーが備えてきた「次善の知恵」でも早くに取り戻してもらいたいということだ。少なくとも歴史を鏡にすることができる真のリーダーが日本に登場するまでだけでもいい。
そこでヒュー・コータッツィ氏とは反対の願いを安倍首相にしてみる。「私は本音に弱いので、これからは建前で話してください」
金玄基(キム・ヒョンギ)東京特派員
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=86154&servcode=100§code=140
▼映像を見た同工科大学生や遺族からは「耐えられない」との批判の声が上がり、「放映は間違いだ。容疑者は公務員でもテロリストでもない。精神疾患の個人にすぎない」との専門家の指摘もあった
▼NBCは「あんな恐ろしい殺人をなぜ犯したのかという疑問に、映像はある程度の答えになる」というが、他のネットワークは今後放送を自粛する
▼八歳で米国に移住、中高校生時代にいじめに遭っていたというチョ容疑者が殻に閉じこもり、パソコンやゲーム浸りだったと聞けば、米国暮らしの体験がある日本人にも思い当たることはあろう。人種差別も絡んだ米国社会のいじめは半端ではない
▼ネット社会の害悪に警鐘を鳴らす作家の柳田邦男さんは近刊の『人の痛みを感じる国家』(新潮社)でも、ゲームやネット依存症が“映像ドラッグ”となって子どもの心の発達を止める怖さを訴える。
チョ容疑者の暴発に、日本の若者の残虐な犯罪が重なってみえる。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2007042102010408.html
日本人たちは言葉を選んで話す。人を刺激する言葉はめったに言わない。店が門を閉めたときには「営業終了」ではなく「準備中」とし、気が向かない提案には「断ります」ではなく「検討してみます」と遠まわしに表現する。こうしたものなどが積もり積もって「本音と建前」ができたのだろう。しかしうまく適応さえすれば相手を傷つけないという思いやりとして理解され、心温まることもある。
歴代日本政治リーダーたちの言行も同じだ。小泉純一郎前首相のような例外もあったが、大部分「本音と建前」を巧みに調和させた。
安倍首相は討論で「(慰安婦たちが)横田めぐみさんと同じく拉致された人たちなのに、どうして日韓基本条約を結ぶときに誰もそれに対する話を一言もしなかったのか」「韓国にはキーセン・ハウスがあって、そういうことをたくさんの人たちが日常どんどんやっているわけですね。ですから、それはとんでもない行為ではなくて、かなり生活の中に溶け込んでいるのではないかとすら私は思っている」(312〜313ページ)などといった発言が飛び交った。そんな首相にどう慰安婦問題に対する心からの自省と反省の念を期待できようか。
ただ唯一の期待と言えば首相が「本音」と「建前」にみられる賢明で鋭い分別という、日本の大多数のリーダーが備えてきた「次善の知恵」でも早くに取り戻してもらいたいということだ。少なくとも歴史を鏡にすることができる真のリーダーが日本に登場するまでだけでもいい。
そこでヒュー・コータッツィ氏とは反対の願いを安倍首相にしてみる。「私は本音に弱いので、これからは建前で話してください」
金玄基(キム・ヒョンギ)東京特派員
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=86154&servcode=100§code=140
▼映像を見た同工科大学生や遺族からは「耐えられない」との批判の声が上がり、「放映は間違いだ。容疑者は公務員でもテロリストでもない。精神疾患の個人にすぎない」との専門家の指摘もあった
▼NBCは「あんな恐ろしい殺人をなぜ犯したのかという疑問に、映像はある程度の答えになる」というが、他のネットワークは今後放送を自粛する
▼八歳で米国に移住、中高校生時代にいじめに遭っていたというチョ容疑者が殻に閉じこもり、パソコンやゲーム浸りだったと聞けば、米国暮らしの体験がある日本人にも思い当たることはあろう。人種差別も絡んだ米国社会のいじめは半端ではない
▼ネット社会の害悪に警鐘を鳴らす作家の柳田邦男さんは近刊の『人の痛みを感じる国家』(新潮社)でも、ゲームやネット依存症が“映像ドラッグ”となって子どもの心の発達を止める怖さを訴える。
チョ容疑者の暴発に、日本の若者の残虐な犯罪が重なってみえる。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2007042102010408.html