Re: 糞を食う倭文化は永遠かW
投稿者: samurai_06_japan 投稿日時: 2006/09/26 15:58 投稿番号: [32856 / 35788]
>嘘つくな!
火病るな、ボケ。
>倭寇の家屋構造は部屋の隣に便所がある。
>同じ屋根に下に部屋と便所が並んでる。
〜昭和初期までは、便所は「離れ」にあるのが日本家屋だが?
例えば、江戸時代の武家屋敷や公家屋敷などは。
厠(便所だ)は通常、母屋から離れた場所に「厠殿」を作っていた。(上は大名屋敷から、下は数10石取りの下級武士屋敷まで)
で、台所は上級武家屋敷では母屋内に独立して「お台所殿」と言う建物を形成していた。
「厠殿」と「お台所殿」は母屋を挟んだ反対側が普通だったが。
下級武士の屋敷では、「水口(井戸)」と「台所」は直結していたが。
そこから「表座敷」「奥座敷」を挟んで、反対側に「厠」があった。
江戸の町屋では、上級〜中級の町屋は台所と厠は、やはり武家屋敷と同様、母屋の反対側にあった。
下級の町屋、つまり「長屋」では。
「厠」は共同トイレだが。
これは「長屋」のはずれに「離れ」として設けられていたな。
日本の昭和30〜40年代までの「長屋」のモデルは、江戸時代の足軽(最下級武士)長屋だが。
この構造は、玄関から入って表座敷、奥座敷、板の間を挟んで台所。
表座敷の横に和室、床の間、板の間を挟んで「厠」
「台所」と「厠」の間には、庭がある。
言ってみれば「台所」と「厠」は「離れ」となる構造。
「部屋の隣にトイレ」は、現代になって「水洗トイレ」が普及してからできた配置。
それまでは「水廻り」「厠」は必ず離す「離れ」構造が日本家屋の基本構造。
朝鮮がそうだからって、世界中がそうだとは「ありえない」(笑)
これは メッセージ 32840 (xsizepistol88 さん)への返信です.
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